norimakihayateの日記

バーチャル旅日記からスタート。現在は私の国内旅行史に特化しています。

2007年一日旅 MTBサイクリング 2

 霧降の滝は最初に訪れた時から20年以上が経っていて、道ももううろ覚えだった。伊勢原を抜け小田原厚木道路の側道をずっと走って金目川を越える。

 以前には無かった家が建っていて自信がなかったが、ここかなと思う場所から細い道を入っていくと記憶にある田園風景が広がっていた。

 最初に八剣神社を目指す。初めて来た時にもまず最初に訪れた場所だった。

 なだらかに登っていく丘陵地帯の途中にあって、神社の他は殆ど何もない耕作地が広がっている。神社の由来を書いた立て札によると、かなり歴史のある神社のようだ。

 

2007年一日旅 MTBサイクリング

 2007年の頃は自分用に3台の自転車を使い分けていた。ALL TERRAIN BIKE、通称ATBというマウンテンバイク風の通勤、街乗り用シティバイク、それよりもっと本格的な折り畳み可能なマウンテンバイク、この時点で21年使い続けてきたランドナと呼ばれるスポーツタイプの自転車の3台だ。

 この年の春から息子が高校に通うのに駅まで自転車を使うと言うので、3台のうち一番使っていなかったマウンテンバイクを息子の通学用に貸すことにした。ところが後輪がぐらぐらするというので自転車屋で診て貰ったところシャフトが折れているというのでスポーク、変速ギア付きで後輪を丸ごと交換して貰った。更にブレーキもずっと使っていなかったのでブレーキシューを自分で交換する。交換したばかりのブレーキシューは効きが悪く、息子に引き渡す前に少し走り込んでおこうと思い、その年のゴールデンウィークの一日を使って遠出することにした。

 行き先に選んだのは大磯の少し手前、平塚市にある霧降の滝という場所で結婚前の頃開拓して、何度かサイクリングに行った程度な距離のあるコースだった。

 

2007年一日旅 伊香保温泉

 単身赴任先の職場では毎年3月終わり頃、異動が決まった人の歓送迎会を伊香保温泉のお決まりの旅館で行うしきたりになっていた。私も3月末で単身赴任が終わる為、送られる側の人間として参加することになる。

 宴会だけ参加して帰ることも可能なのだが、宿泊も出来るのでその日は宿泊組の一員となる。宿に入った夕刻前は雪がちらつく程度だったと思うのだが、明けて翌朝窓から外を観たら雪景色に一遍していた。

 伊香保温泉は最初の単身赴任の際には年末の忘年会と年度末の歓送迎会で何度も来ていたが、二度目の単身赴任は繋ぎの半年だけだったので、伊香保まで来たのはこの時だけだったように思う。

 

2007年一日旅 大室公園

 2007年の3月末は二度目の群馬単身赴任が終わる時で、引越し前に妻を呼び寄せて懐かしい場所を巡っている。そのひとつが伊勢崎市大室公園だ。

 この公園は最初の群馬単身赴任を開始した頃から公園としての造成が始まったようで、元からあった古墳群を保存しながら公園化したものだ。その初期の頃から何度か妻や子供等を連れて遊びに行っていたので、単身赴任の終わりに最後に観て置こうと思ったのだった。

 当初は整備されていなかった大きな沼も遊歩道が出来てぐるっと巡れるようになっていた。

 一番懐かしいのは古墳跡の小山の上に作られていた水琴窟だ。水琴窟というものを生まれて初めて見たのがこの場所だった。

 水琴窟のある小山から降り立った真正面に立つ巨大な石造りのししおどしもかなり初期からあるので懐かしい建造物だ。

 

2007年一日旅 三島由紀夫邸 探索の旅 10

 蕎麦屋・松登久を出てもう一度三島邸が見上げられないか近くの坂道を少し歩いてみるが、家が建て込んでいてやはり見えない。その辺りは臼田坂というらしかった。

 道沿いに川端龍子記念館という美術館があった。ちょっと興味を惹いたのだが、ちょうど月曜で休館日になっていて入ることは出来なかった。川端龍子は明治から昭和初期に掛けて活躍した日本画家らしく、記念館の傍に生前の棲家だった日本家屋もあるようだった。

 再度来ることにして大森駅を目指して帰途につく。途中、何人かに道を訊いたが、「え、大森まで歩くんですか?」と言われてしまう。それでも来た時に使った池上駅よりは近いらしかった。大森駅に近くなった頃には腿の筋肉が痛くなり始めていた。

 

2007年一日旅 三島由紀夫邸 探索の旅 9

 妹が結婚直後に棲んでいたアパートのすぐ近くにある蕎麦屋でお昼を採り写真も撮ったので後日ではあるが妹にメールをしてみた。その時返ってきたのが以下のものだった。

 「そして、松登久! あそこには、長女より2つくらい年上の子がいて、大変にいた

ずらな子でした。冷麦などを食べた覚えがあります。

 そして、馬込ハウス!まだ残っていたのですねぇ。写真手前の柵は新しいみたいで

すが、写真をとった位置に青い家がまだたっていたでしょうか。当時1億円の家とし

て、近所の話題だったのですが。あの路地はなぜか小さい子どもをつれたお母さんがあつまってくる所でした。」

 妹の記載にあるようなまさに小さい子供を連れたお母さんが今にも歩いて来そうな路地だった。

 

2007年一日旅 三島由紀夫邸 探索の旅 8

 妹が棲んでいたらしいアパートを発見した後、そのすぐ裏手にあるいかにもこの手の界隈にありそうな蕎麦屋「松登久」という店に入ってみる。この辺りに棲んでいたのなら絶対何度も来た筈と思ったのだ。

 カツ丼を注文して待ちながら中の写真を撮るタイミングを窺う。当初、若そうな女将風の女性が店番をして、奥にそのらしき人が調理をしている風だったが、女将の旦那風の若い男性が配達から帰ってきて傍に座って雑談し始め、そうこうするうちに、夫婦のどちらの親か不明の親爺が奥からやってきて、空いている席で新聞を読み始めた。その三人それぞれが、こちらを胡散臭そうに観ている気がした。私は妹に送るのに、店の内部の写真を撮りたかったのだが、三人がなかなか居なくならなそうなので、仕方なく、「店の中の写真を撮ってもいいですか。」と訊く羽目になった。当初、何を撮ろうとしているのか理解出来ない風だったが、こちらも説明も面倒だったので、「この辺を。」と言っただけで一枚だけ内部の写真を撮らせてもらった。「20年ぐらい昔、このすぐ傍に妹夫婦が棲んでいて、・・・。」とか話せば良かったのだろうが、そこまでしてもそれで何って思い始めたのだった。