norimakihayateの日記

バーチャル旅日記からスタート。現在は私の国内旅行史に特化しています。

勿来の関

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 大津港を出発し、いよいよ茨城県を出て福島県に入る。駅としては勿来(なこそ)を過ぎて植田に届く。

 

 勿来を詠んだ百人一首の句があったような気がした。

 

 滝の音は絶えて久しくなりぬれど、なこそ流れてなほきこえけれ

    大納言公任

 

 しかしよく調べてみると、なこそは名こそであって、勿来の関とは関係なかった。京都大覚寺の近くの有名な枯れた滝のことだったらしい。

 

 勿来の本来の意味は、「な・こ・そ」で、(な~そ)は古文の否定形。間のこは、来という字があてられる。つまり来てはならぬということらしい。

 

 

 

 鎌倉時代に慈円というお坊さんと、源頼朝が交わした返歌がある。

 

 東路の方に勿来の関の名は 君を都にすめとなりけり 慈円

 

 返しの句は

 

 都にはきみに逢坂近ければ 勿来の関は遠きとをしれ 頼朝

 

 勿来は、勿来の関と来てはならないを掛けており、逢坂は逢坂の関と君に逢うを掛けている。

 

「(鎌倉のある)東の方には勿来の関という来てはならぬ場所があるので、あなたは京の都に棲みなさい」

「京都には君に逢う逢坂の関が近く、来てはならぬという勿来の関は鎌倉からはずっと先なので(関係ない)」

 というような意味らしい。

 

 慈円は男性とのことだが、二人の関係はよく判らない。