昨日は黒姫から一駅分だけ、妙高高原まで進んだ。
90年代前半はパソコンというものをマックで知った時代だった。90年代後半は、自分用にはマック、会社では殆どウィンドウズを使うようになった。何かにつけてマックとウィンドウズを比較し、ウィンドウズの不自由さに辟易とし、マックの自由さに癒されていた時代と言える。これを私は密かにビル・ゲイツの呪いと呼んでいた。
90年代後半の初めに使いだしたインターネット経由の電子メールだが、その5年間に劇的に進化していった。最初の頃は全くの文字だけの世界だった。しかも文字数制限、行数制限もあった。数字を全角で使ったり、カタカナを半角で使ったりすると誤動作することも多かった。電話線を使ったダイヤルアップによる通信は、まだまだ負荷として大きくて、混雑する時間帯だと相当待たされたり、タイムアウトになって送信出来ない事態にもなった。
年を経るに従って、通信環境は劇的に向上していった。ダイヤルアップ接続を使わないで電子メールが出来るようになったのが一番大きいが、90年代後半の半ばぐらいだったような気がする。我が家がダイヤルアップから開放されてブロードバンドのLANになったのは2000年を超えていた。
送れるものが文字だけではなく、画像を添付出来るようになったのは画期的な事だった。一番最初に電子メールに添付した画像は、夏休みに家族で出掛けたバリ旅行で8mmビデオムービーで撮影した画像を静止画に落としたバリの踊子の画像だった。マックLC630やPerforma6260にはビデオキャプチャーボードという増設基板が取り付けることが出来て、これを使ってテレビやビデオの映像を取り込んだりそれを静止画に落としたりしていた。ウィンドウズ機ではこんな芸当は出来なかったので、マックで動画を静止画に落とした後、マック版の標準画像形式PICTファイルからファイルコンバーターというフリーソフトを使ってウィンドウズでも扱えるJPEGに落としてからウィンドウズ機で添付画像として使っていた。今日の画像は当時の添付画像が見つからなかったので、ネットで拾った代用品。