norimakihayateの日記

バーチャル旅日記からスタート。現在は私の国内旅行史に特化しています。

時代の変わり目の年末旅行 湯河原 4

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 湯河原の小料理店「蒲隆」についてはもう終えるつもりだったのだが、昔メル友に送った感想が何故か出てきて、読み返してみると面白いのでちょっと長いが、次に引用しておくことにする。

  <メールより>

 最初の30日の昼に行った店が、湯河原の街に入ってすぐの「蒲隆(かま

りゅう)」。ここは想像を絶する凄い店でした。

 

 インターネット上の紹介記事で、わざわざ寄る気にさせたのは次の文章。

「オヤジさんは、熱海の金城館や仙石原の仙石楼で料理長を務めた人で、

72才を過ぎた今でも、常に新しい味に挑戦しています。かの道場六三郎

に「この料理、うちでも出させてくれ」と言わしめたほど、腕は抜群です。」

 

 道場は「料理の鉄人」で有名になった人ですが、テレビ画面でしか観た事

はありませんが、流石とあきれるほどの料理名人。その人がそこまで言う

のならと、ちょっと覗いて見たくなったわけです。

 

 案内にあった角を曲がり、店を探すと、驚くほど小さな、極々普通の蕎麦

屋程度の大きさの店。しかし暖簾とその上の看板には確かに「蒲隆」の字

が。路地は驚くほど狭い道で、店の横には、店の駐車場なんだか、付近の

アパート等の駐車場なんだか判らない車3台ほどしか置けないスペースしか

ありません。

 

 取り敢えずそこへ車を置いてみて、店に行って聞いてみようと車を駐めて

いるところへ、コンビニのビニル袋を手にした一人の老人が通りかかり胡散

臭そうにこちらを眺めています。私がその時、頭に浮かんだ言葉は、「ここは

その店の駐車場じゃないよ。駄目だよ、そんなとこに停めちゃ。」という近所

のアパートに棲む口やかましいオヤジの苦言。

 

 が、実際その怪しげな老人の口から出た言葉は「予約の人かね。」

 

 風貌は痩せこけてよぼよぼ。白髪の薄くなった髪に、歯も上、下、相当の

数が抜けていて奇怪という他ありません。

 

 取り敢えず、店の人らしいということで、その場所に停めていいことを確認

し、車を詰めている間に、愚妻がなにやら店の人と交渉しています。

 

 車を停め、店の暖簾をくぐってみると、「予約の人が入っているので、それ

以外の場所でないと。」ということらしい。中を見ると12人も入れるのかという

ほどの大きさ。どうも6人の予約客があるらしく、うちも総勢6人。しかも先ほど

の怪しげなオヤジの言うには「ちょっと時間はかかるよ。それでもいいかい。」

 

どの位かと問うと、「そうさなあ、1時間、から1時間半くらいかな。食べ終える

までの時間だが。」と、帰れと言わんばかりの言い方。

 店はおせじにも綺麗とはいえないような造り。しかし、道場をしてああ言わし

めるのには何かあるのだろうと、「ええ、構いませんよ。別に急いでいる訳では

ないので。」と、その店に陣取ることにしました。

 

 正直、両親を連れていて、あまり変な店というのもどうかなとも思っていました

し、(このオヤジ、大丈夫かな)と首を傾げるような風体だったのです。しかし、

紛れもなくその怪しいオヤジが店の主人らしく、他には従業員らしい者は一人

も居ません。

 

 不安がる愚妻をなだめ、「まあ、いいから。ここにしようよ。」と席を取ったの

です。カウンターのような堀炬燵式の席に6人が並び、置いてあった座布団も

「きったない!」という感じのもので、おまけに一つ足りなくて私は座布団無し。

 取り敢えず、メニュー(らしきもの)にあった達筆を絵に描いたような文字で

書かれたお品書きにある「おまかせ定食」一人1000円というのと、一人だけ

それでは嫌だからという娘の我儘に、一人分だけキツネ饂飩を頼みました。

それも通じたのか通じていないのか、よく判らない感じで、訊き返すのも怖い

というような感じのオヤジでした。

 

 待つ時間、1時間から1時間半という言葉に怯えながら待っていると、先の

予約をしたといく家族らしき人々がやってきて席につきます。何にしようかと散

々迷っている風で、オヤジが「値段を言ってくれれば、それで作るから。」との

話に、「じゃあ、一人3000円で。」などと言っています。

 

 カウンターを何気なく覗くと、ざるに大盛りになって、タラの芽、ししとう、蕗の

董などが置いてあり、それなりの食材は用意している風だなとは思いました。

 

 席に着いて相当時間が経ったかなと思う頃、店のオヤジがざるに盛られた

身がぷりぷりしているいかにも新鮮そうな鰯を持って現れ、客(我が家ではない

ほう)に見せています。「これでいいかね。」という感じです。

 その鰯をどちらに出すのだろうと思いながらいると、ささっと身を開き血のした

たるような開きをカウンターに並べて次の食材を用意しています。

 

 そして遂に最初に出てきたものは、小ぶりの椀にはいった、一見、うどの酢物

かなとみががうもの。箸をつけてみると、うどの歯ごたえとは全く違うトロッとした

柔らかい歯ざわりで、訊いてみると里芋の茎らしいとのこと。なんとかいう名前

でしたが、妻が九州ではそれを「ずいき」と呼ぶと言ったら、「そう、九州のほう

では、ずいきと呼ばれています。」とのこと。味付けが絶妙で、つけ汁も思わず

全部呑んでしまいました。

 

 それを堪能しているところへ、何時の間にか先ほどの鰯が細長く調理されて

レタス他の野菜とともにカルパッチョの形で大皿に盛られて出てきました。

 

 正直言って、こんな旨い鰯の刺身を食べたのは初めてです。身を開いて並べ

ていた時には血も滴るようで、身もぐちゃぐちゃという感じだったのですが、皿に

並べられたカルパッチョになった身はスパッと細く切り口も鮮やかに思いがけな

い形で盛られていました。普段は生物には一切手をつけない娘が、その日に限

って、生の鰯を口にしているのには驚きました。息子のほうは、鰯他の刺身には

元々目がなく大盛りの一皿を独り占めせんとばかりにぱくついていました。

 

 鰯のカルパッチョを堪能した頃、出てきた次の皿が鰯のフライでした。これが又

熱々の揚げたてにレモンをじゅっと絞ったもので、安い食材とは言え、しかも同じ

食材を続けてだされているのに、(うう~ん)とうならせてしまう旨さでした。

 

 その後、出されたのはオヤジの説明によると島原のほうのお雑煮だそうで、野

菜がたっぷり入っていて焼き餅が絶妙の堅さを残したまま入っていて、味は何と

もいえない深いこくに、ぴりっと一味唐辛子が締めていて、これまた(ううん)と

唸ってしまいました。

 

 娘は饂飩を、讃岐風のと、もう一つなんとか言うのと、茹で上げる乾麺のものを

見せられて、娘が最初太麺の讃岐のほうを言ったのですが、(こっちのほうが絶

対旨いんだよ)と細めんのほうを薦めます。

 

 見ていると、その後、「あっ、下仁田。」とすぐ判る下仁田葱を出してきて、これ

は贅沢な饂飩を作るなと思っていました。娘がつるつる食べる饂飩を見ていて、

ほしそうにしている息子の目を見て、「坊主も食べるか。」と言って、愚息にも饂飩

を出してくれ、さんざんお雑煮のお持ちを食べていた息子は、相当残すだろうと

思っていた我々の想像を裏切って、全部平らげてしまいました。

 

 一人3千円と言っていた隣の客のほうも、同じ鰯のカルパッチョまでは同じもの

を出していたのは憶えていますが、途中から多少違ったメニューだった模様。

 タラの芽の天婦羅などを出してはいたようです。

 

 この店は面白くて、酒他の飲み物は一切出さないのです。代わりに、自分で持っ

てきてくれという趣向で、主人が「ここは飲み物は出さないんで、向かいに酒屋が

あるから、ほしけりゃそこで買ってきて勝手に飲んでくれ。」とのたまうのです。

 たまたま旅館で飲む用に、車にしこたま酒類をクーラーボックスに積んできていた

ので、我が家はそこからビールを出してきて飲み物を都合したのです。勿論、運転

担当の私は飲めませんでしたが。

 

 そういう訳で酒は出ないことになっていたのですが、オヤジがだんだん調子が乗

ってきたのか、「これは、前日の客が置いていったもんだが、・・・」と言って、秋

田の酒の一升瓶から味わいのある焼き物の陶器の大きな徳利に燗をつけて、客に

振る舞いだしたのです。よっぽど私も一杯だけ所望しようかとも思いましたが自重

しておきました。どうも、この店は勝手に好きな酒を持ってきて、オヤジと酌み交わ

しながら、オヤジの作る肴に舌鼓を打つという趣向になっている様子でした。

 

 食事が終わって勘定となったら、そこへ適当に入れていってくれと、鴨居から吊る

した蛸壷の土瓶を指し示します。一人千円でいいというのを、心付と一緒に一万円

札を投げ込んで出てきましたが、その後、数時間は口のなかにふくよかな余韻が残

る思い出深い食事となりました。

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