norimakihayateの日記

バーチャル旅日記からスタート。現在は私の国内旅行史に特化しています。

秋田県への第一歩

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 田沢湖のユースへ泊った翌日は、もう東北旅行から帰る日だった。田沢湖から国鉄の駅まではバスですぐだった。その時、田沢湖駅から秋田県まではすぐの距離にあることに気づいた。特に行きたい目的地がある訳では無かったが、秋田県には今行かなければもう二度と人生で訪れる機会はないような気がした。それで、とりあえず秋田駅を目指して電車に乗ってみることにしたのだった。実際、この時秋田駅まで行ってみてその後、秋田県を訪れたことは今のところ一度もない。

 秋田では特に行ってみたい場所がある訳ではなかったので、持参していたブルーガイドブックスで秋田市の観光場所を捜して観ると駅から歩いて行ける距離に平野政吉美術館というのが見つかった。それで取りあえずそこへ行ってみることにしたのだった。

 今日の画像は5年前のこのブログでも紹介したものだ。

 

田沢湖の夜 ジャズ喫茶

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 十和田湖田沢湖のような湖しかない場所で何をしていたのか考えていて、ふとジャズ喫茶へ行ったことを思い出した。

 最初に泊った盛岡でも夜、珈琲を呑みに喫茶店へ行っているが、そこは間違いなくジャズ喫茶ではなかった。そうなると消去法で、ジャズ喫茶に行ったのは田沢湖に泊った夜しかない。夜、する事がなくて、湖畔とユースの間の道を歩いていてその店を見つけたのだった。当時は色んな場所にジャズ喫茶なるものがあった。ずっとジャズのレコードを掛けていて、それを聞きながら珈琲などを愉しむ空間だ。私自身はジャズ喫茶なるものに入るのは生まれて初めての経験だった。残念ながらこの時貰った筈のこの店のマッチはもう残っていない。

 あまりはっきりとした記憶はないが、薄暗い店内に自分の背の丈ほどもある巨大なスピーカーボックスが二つあって、その手前の席でコルトレーンとかマイルスデイビスなどがずっと掛かっているのを只々珈琲を啜りながら聴いていた。そういうのが大人なのだと思っていたような気がする。

 今日の画像は田沢湖のジャズ喫茶とは直接関係ないが、当時私が持っていた数少ないジャズのレコードジャケットだ。

 

田沢湖へ

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 十和田湖畔の博物館ユースに泊った翌日は、青森とは反対方向へ向かう田沢湖往きの国鉄バスに乗っている。田沢湖へ向かった事は間違いないのだが、不思議なのはどうやって時間を潰したかだ。十和田湖畔にも田沢湖畔にも大して見る場所はない。二つの湖の間は、バスでおそらく掛かったとしても4時間以内だろう。朝、十和田湖のユースを出発して夕方、田沢湖畔のユースに入るまでの間、何をしていたのだろう。

 当時の写真を見ると、場所が分からない景色のものが幾つか出てくる。その中の一枚が今日の最初の画像だ。地図でバスが寄った可能性のある場所を観て行くと八幡平というのがある。確か紅葉の名所だった気がするので、そこに立ち寄ったのではないかと思われる。しかし、当時は紅葉など全く興味がなく、記憶には何も残っていない。

 田沢湖畔では自転車を借りて、一周まではしていないが、半周ぐらいはしたのを憶えている。そんな事をして夜までの時間を潰したのだろう。

 

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十和田湖 遊覧

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 青森を出た国鉄のバスが十和田湖に到着したのは昼過ぎと夕方の間位だった筈だ。とにかく湖畔には何もないところで、ユースに入るにはまだ時間があったので遊覧船に乗ることにした。陽は翳り始めていて、湖面を囲う山肌は夕陽を浴びて淋しげな雰囲気を醸し出していた。

 十和田湖と言えば、小学生の道徳か何かの授業で、ヒメマスを日本で初めて養殖したところだというのを習った記憶がある。それ以外には何も知識を持っていなかった。

 する事も無いので下船してすぐに博物館ユースホステルという所に入る。何か展示物があったのかもしれないが、何故博物館なのかもう全く記憶にない。他に行く場所がないので、初めてユースで夕食を取り、ミーティングという物にも参加する。自己紹介をしてゲームを少ししただけで終わったような気がするが、殆ど記憶にも残っていない。

 

国鉄バス 奥入瀬巡り

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 青森駅青函連絡船を見送った後、バスで十和田湖へ向かうことにする。何故バスを使ったのか不思議だったが、よくよく考えてみると青森ー十和田湖間は当時の国鉄が定期観光バスを運行させていて、これに周遊券で乗れた事を思い出した。周遊券を買った時点でこの事を計算に入れていた可能性がある。

 時期は10月半ばで紅葉はそこそこあった気がするが、写真は一枚も残っていない。若い頃は紅葉などには興味がなかったのだろう。奥入瀬渓谷が紅葉の名所であることを知ったのも、まさにこの旅行でであった。

 

津軽海峡 秋景色

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 盛岡のユースホステルに泊った次の日は青森を目指すことにする。何日か前に東北本線は今は一ノ関までと書いてしまったが、それは誤りで盛岡までが東北本線だった。その先は八戸までがIGRいわて銀河鉄道、更にその先が青い森鉄道という第3セクターのローカル線になっているようだ。とにかくどこが何線なのか判り難い。各停で行くと4時間ぐらい掛かるようだ。青い森鉄道だけにある快速に乗っても20分程度しか縮まらない。東北本線が青森まで直通で行けた当時でも、そう時間は変わらない筈だ。

 途中青森に着くちょっと手前で浅虫温泉という駅があって心惹かれたが、その日のうちに十和田湖までは行きたかったので諦める。

 青森では当時はまだあった青函連絡船の乗り場というのを観てみたくて近くまで歩いていった。初めて観る青函連絡船に感激して、道行く人に記念に写真を撮って貰っている。

 

盛岡 泊

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 松島を巡った日の夜は盛岡に泊っている。今、JR時刻表を観てみると東北本線と第3セクターのローカル線を乗り継いでいくと松島から盛岡まで3時間強掛かるようだ。東北本線が青森まで通じていて特急、急行もあった時代ならもう少し短い時間でゆけたかもしれないが、まあまあの時間は掛かるだろう。早朝に仙台について青葉城を巡り、その後松島へ行って遊覧船にも乗り、それから盛岡へ向かったのだからおそらく着いたのは夕方になっていた筈だ。

 盛岡ではユースホステルに泊っている。しかし夕食はユースでは採らず街中でわんこ蕎麦を食べている。夜もユースのミーティングなどには出ず、一人ぶらりと駅前の大通りを歩いて喫茶店に珈琲を呑みに行っている。

 大学生当時は喫茶店のマッチをよく集めていたが、今僅かに残っているものはこの盛岡で入った喫茶店「ラムール」のものぐらいだ。