norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

北米での出遭い

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 昨日も1万歩超えをして、玄武洞を過ぎ、某県議により注目を浴びた城崎温泉までやってきた。

 

 まだプレーリーを買い替えの車として注文する前だが、初めての海外出張でアメリカへ行ったのだが、その際にプレーリーに接している。ちょうどマイナーチェンジで四輪駆動車を追加したばかりだった。その時のプレーリーは米国駐在事務所が使う連絡車だったが、北米に投入したばかりの初めての四輪駆動車の市場調査の意味もあったのだろう。デトロイト空港への出張者のピックアップと、その後のデトロイト郊外にあった駐在事務所とデトロイト市内の講演会会場との間の送り迎えに使われていた。当時は、海外出張者の現地での運転は許されていなかったのだ。

 

 四輪駆動は乗用車向けとしてはドイツ(当時は西ドイツ)のアウディが初めて市場投入したのだったと思う。日本勢では富士重工がレオーネで最初に市場投入していたように思う。80年代前半は、小型乗用車が後輪駆動から前輪駆動に次々に切り替わる時期で、80年代後半にはその前輪駆動車に四輪駆動車が追加設定された時期だった。乗用車に四輪駆動が本当に必要だったかについては私自身には疑問があったが、世の中の流行であったのは事実だ。

 

 北米出張していたのはちょうど2月で、しょっちゅう雪がちらついていて、降り始めの路面が凍りやすい時期には、広々と取られた米国内のインターステート(州間高速道)の中央分離帯にスタックしているFR車を見るにつけても四輪駆動というのは若干の安心感をもたらすものではあった。しかし四輪駆動ではないにしても、このプレーリーという車を自分の愛車として選ぶなどとはこの時は全く考えてもいなかった。