norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

愛妻の免許取得

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 昨日はまた一万歩達成を復活させた。7月終りから8月初めに掛けての怒涛の連続猛暑日の中では、全く外に出れなかったのが、時間と日照のタイミングを選べば、熱中症のリスクを避けて外に出れるようになってきた気がする。山陰本線上では上夜久野から出て梁瀬を過ぎ、和田山まで到達した。

 

 結婚した時点で妻も仕事をしていたので、新居は私の勤め先との中間地点を選んで、どちらもが電車とバスで夫々1時間以上通勤に掛けて通う事にした。私のほうは都会へ向けて通っていたので車通勤は現実的でなく、妻は郊外の山の麓への通勤だったので車で通う方が合理的だった。

 

 妻は運転免許証を持っていなかったので、すぐに手近にあった開発途上の工業団地用敷地に愛車を使っての運転練習に出掛けることにした。その場所はホンダZの頃に弟の運転練習にも何度も来たところで、広めの道路が南北東西に設けられていたが、工場はまだ殆ど建っていなくて、何かの用で訪れる人も殆ど居なくて、運転練習にはうってつけの場所だった。

 一箇月ほど特訓をして、何とか自分でも運転出来そうな気持ちにさせてから、妻の職場に近い場所の教習場で通わせることになる。半年ほどで免許を取得させてから、愛車は妻の通勤専用となった。

 

 殆ど卒なく運転をしていたようだったが、何度か怖い目にも遭っている。滅多に降らない雪が突然降った冬のある日、国道が別の道路を越える立体交差の場所で、何台もの車がスリップして坂道が昇れなかったというのだ。その日はどうやって帰ってきたのか忘れてしまったが、妻によればとても怖い思いをしたという。

 一番大変だったのは、気づかずにサイドブレーキを掛けたまま帰ってきてしまったことだ。途中から焦げ臭いにおいがして白い煙まで上がっていたという。家には何とか辿り着いたようだったが、私が代わりに様子を見にいった際にはもう完全にブレーキが焼付いていて、動かなくなっていた。

 

 そんな事がありながらも運転は続けていったので、何時の間にか妻もベテランドライバーになっていた。結婚した同期の仲間の奥方はまだ殆どが免許なしかペーパードライバーだった時代の事である。