norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

日立のこころ

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 昨日は下白滝、旧白滝(きゅうしらたき)と通過した。

 

 先日紹介した60年代中頃のミレーの展覧会だが、同じ展覧会に晩鐘の他、落穂拾いが出品されていたようだ。その事をひょんな事から知ったのだ。

 

 日立製作所という古い会社には、昔からのしきたりで、問題を起した製品の反省会のようなものが催されているそうだ。その反省会を日立内部では落穂とか落穂拾いとか呼んでいるのだ。この名前の由来がどうも60年代に行われたミレーの展覧会に出品されていた落穂拾いの絵だったらしい。

 

 元々、不具合の反省会は日立創業の時から日立製作所を支えてきたエンヂニアの馬場粂夫(ばばくめお)という人が始めたそうだ。当初は「ドブ浚い」と言っていたらしい。それがあまりいい言葉ではなかったので、途中から「油差し」に変わり、もう少しいい言葉として「落穂拾い」が選ばれたそうだ。日立製作所創立百年を記念して発行された「日立のこころ」という小冊子があって、それを観させて頂いた際にそんな記事を読んだ。

 

 落穂拾いは元々、旧約聖書レビ記に記されていた教えに端を発する。「収穫後の落穂を拾い集めてはならない。・・・これらは貧しい者や寄留者の為のものである。」他にも幾つかこの教えが旧約聖書の中に記されている。ミレーはその教えを元に貧しい農婦たちの絵を描いたらしい。

 

 これに対して、日立製作所の落穂拾いの意味の解釈は少し違うようだ。ほんの些細なミスも残さず拾っていかねばならないぐらいの意味なのだろう。