醒ヶ井を出て、米原を過ぎ彦根の手前までやってきた。
米原というと、大学の先輩を思い出す。しかし読み方は「ヨネ」のほうだった。密か
に、私は「クロカマキリ」と渾名を付けていた。皆から呼ばれていた通称はノンだ。
マイバラのほうだが、降り立ったことは無いが、一度だけここから北陸本線に乗り換へて福井へ向かったことがある。ちょうど20年前の年末押し迫る頃。この時、N社の
Lと言う中型セダンに搭載されるある電子機器システムを担当していて、年明けに立上
りを迎える前、そのシステムに採用されることになっているひとつの電子部品の製造工
場を訪ねたのだった。福井県はその前も、その後も訪れたことはなく、たった一度きり
の訪問である。訪れた町はもう全く記憶にないが、地図でみると鯖江という文字に何と
なく見覚えがあるような気がする。その程度だ。駅からタクシーに乗って運ちゃんに雪
の事を訊くと、「今年はまだゆうべちらっと舞った程度かな」との答えだったが、その
晩が福井地方の初雪だった。
解禁になったばかりの越前ガニを接待され、その夜は大分飲んだらしい。日記に寄る
と、次の朝寝坊をした為にホテルの朝食を食べ損ね、おかげで駅で美味しいカニの駅弁
を食することが出来たと書いてあった。バブル崩壊から少し後ぐらいの事だ。