norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

本場のインドカレー

f:id:norimakihayate:20151105100000j:plain

 昨日も一万歩を達成し、田代から鳥栖肥前旭と過ぎて、久留米までやってきた。以前は鳥栖から長崎本線を辿って長崎まで向かったのだったが、今回は鹿児島本線を南下することにする。

 

 90年代後半頃、妻はインドに嵌っていた。サリーとか、ヨガとか、インド映画とかそんな類だ。ちょうどそんな頃、私は仕事でさるインド人技術者と知り合いになっていた。米国に留学してソフトウェア技術を学び、一旦祖国に戻ってインドで立ち上げたソフトウェア会社に就職し、私が知り合った頃は日本の企業に出向して、ソフトウェアエンジニアリングの手伝いをしていた。その彼と数年間一緒に仕事をすることになった。会社の同僚の誰かが、「xxさんは会社の食堂でカレーライスとか食べるんですか?」と訊いた。彼はすかさず、「あれはカレーではない」と答えていた。

 

 妻のインド好きから私もインドのカレーについては多少研究していた。マサラと呼ばれるスパイス類を調合した調味料についてもいろいろ調べていた。自分でもインド式のカレーを作ってみようと思い立って、何度か挑戦していた。インド式のカレーを作る為にS湾のO海岸までスパイスを挽く為の石を探しに行ったこともある。尖った杵として使う石と、平べったくて真ん中が凹んだ臼として使う石だ。これで最初はニンニク、次に唐辛子、それから黒胡椒、カルダモンなどを次々に粉々に砕きながら足していく。ねっとりしたペースト状のルーの元が出来たところで、これに色付けのターメリックを足して少量の水を加え、カレーの具に足して炒める、というか煮ていくのだ。これらのカレー用スパイスは、単身赴任先の街の中心街にあったインド人が経営するスパイス専門店などで仕入れていた。

 

 そういう経験があったので、ある日、そのインド人の技術者を私の単身赴任のアパートに招いた。偶々、妻と子供も我が家からやってきていたので、カレーパーティとなった。インド人は味をチェックして、シナモンを加えたほうがいいとアドバイスしてくれた。

 

 その後、インド人技術者とは、母国から呼び寄せた妻と子供も招いたり、インド人グループの社宅に訪ねていってインド料理をふるまわれたりで結構付き合いがあったのだが、2000年の頃に単身赴任が解消してそれっきりになり、私の本格的インドカレー作りも終わってしまった。