norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

オープンリールからカセットの時代へ

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 昨日は稲士別を出て、隣の幕別まで到達した。

 

 帯広から釧路へ向かったのだが、この間については延々と続く広野とポプラ林の車窓の風景ぐらいしか記憶にない。そこで再び、私の音楽史に戻ることにする。

 

 70年代になって一般人が使う録音機器はオープンリールテープデッキからカセットデッキへ徐々に移行し始める。我が家でもまだ私と弟の兄弟がオープンリールデッキを専有していた頃、姉は早くもアイワ製のモノラルカセットデッキを購入してきた。アイワは日本で初めてカセットデッキを販売した会社だとされている。冒頭の画像はその頃姉が購入してきたカセットデッキに最も似ていると思われるものだ。再生、早送り、巻戻し、停止のボタンがあって、それとは別に赤い録音ボタンが並んでいるという特徴があった。

 何だかんだ言っては、このポータブルカセットデッキを貸して貰って、使っていた。オープンリールテープデッキと併用して、多重録音をするのだ。吉田拓郎のある雨の日の情景などは三重録音で、ギター伴奏のリードとリズム、メインコーラスに二人分のバックコーラスなどを録音して重ねて楽しんでいた。

 

 高校の体育祭で仮装演技をやるのに、全体プロデュースとバック音楽制作を担当した。もちろん自分独りではなくて、数人の仲間とだ。音楽のマスターテープは友人宅にあったかなり高価なオープンリールデッキを用いて録音したのだが、それをカセットテープにダビングしてダンスなどの練習に使っていた。この練習中に仲間の家から借り出して使ったカセットデッキが何度も繰り返し再生したので、途中で壊れてしまったと聞いている。まだ世の中に出たてで、耐久性に乏しかったのだろう。体育祭の運営事務局には、カセットの形で提供して、本番で演技の際に再生して貰った筈だ。

 一緒に録音に立ち会ったクラスメートの一人は、その当時、ソニーのデンスケが欲しくてしかたなかったのだが、まだ高価で買えなかったと後日話していた。