norimakihayateの日記

バーチャル旅日記からスタート。現在は私の国内旅行史に特化しています。

大阪の一日

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 大阪では千里という郊外にあった万博記念公園太陽の塔などを見たあと、市街地へ戻ってくる。大阪には全く土地勘がなく、全て大阪の友人とその友だちたちにお任せだった。

 今でいうJRの国鉄の駅がある場所を梅田といい、阪急電車だかは梅田駅という呼称だった。これとは別に繁華街として難波という場所があることもこの時知った。東京で言えば新宿と丸の内みたいなものだろう。

 大阪と言えばという感じの、通天閣、心斎橋、道頓堀など有名処を次々に案内して貰い、自分一人だったら絶対に行かなかっただろうと思われる梅田花月という演芸場に吉本新喜劇を観に連れていって貰っている。吉本新喜劇は子供の頃、テレビでしか観たことがない。関西の人は普通に梅田と難波とに二つある花月という演芸場に娯楽に行くらしかった。

 夜はたしかお好み焼屋に連れていって貰って、大阪を堪能したのだった。

 

万博記念公園と自動改札での失敗

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 服部緑地公園というところにあるユースホステルから大阪ただ一人の友人の棲む寮へ電話してみると、翌朝迎えに来るという。

 翌朝、待合せたのは公園内にある何かのホールのような建物のロビーだったと思う。女性の友達を二人ほど連れてきていた。大阪で何処が観たいかと訊かれたが、全く当ても土地勘も無かったので任せるというと、万博公園へ行ってみようと言われる。大阪万博が開かれたのは高校生時代だったと思う。自分は観に行っていないが、クラスメートで何人か観に行っていて、親友から南米のペルーか何処かの色鮮やかなペーパーナイフを貰ったのを憶えている。

 服部緑地の最寄りの駅からは市内では地下鉄になっている地方路線に乗ったのだった。しかしここで問題が発生する。四人で電車に乗ったのだが、万博公園最寄駅、多分千里中央だったと思うが、そこの改札まで来て、自分だけ切符を持っていなかったのだ。当時は関東では自動改札は全く使われていなくて、3箇月前に行った北海道旅行での札幌地下鉄で初めて経験し、この時は二度目の経験だったのだが、最初に乗った駅で改札を通った後、切符を受け取るというのを忘れていたのだ。友人たち三人が駅員に一生懸命説明してくれて何とか駅を出ることが出来たのだった。

 私自身、開催当時の万博に行ってはいなかったが、岡本太郎太陽の塔はよく知っていた。しかし本物を見るのは勿論初めてだった。開催からまだ十年は経っていなかったと思うが、既にあちこち錆始めていた。

 

初めての大阪

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 大原から京都駅に戻った後、大阪へ行ってみることにする。この当時、大阪というのは訪れたことがない街だった。ただ、大阪には知り合いがひとりだけ居たのだ。ひょんな事から知り合った女性だったが、実は北海道旅行をした際に泊めて貰った北海道に一人だけいた友人とは友達の友達という関係だ。しかしこの二人同士は面識がない。北海道の友人が女子短大を卒業して故郷に帰る際に私が男の友人と一緒に引越の手伝いに行ったのだ。その時に北海道の子のクラスメートだった大阪出身の子が居て、その子の分も手伝ったのだが、その事が縁で、私の男の友人と大阪出身の子がその後付き合うようになり、二年後、私の男の友人に逢いに上京した際に、もう一人の大阪の女友だちを連れてやってきたのだった。私の車で友人と女性二人をあちこち案内した事で知り合いになり、その後何度か文通のような遣り取りをしていて、大阪へ来ることがあったら今度は自分が大阪を案内するから是非連絡を欲しいと言われていた。それで連絡してみることにしたのだった。運よく大阪市郊外の服部緑地という公園の中にあるユースが取れたので、そこへ着いてから電話してみたのだった。

 

京大キャンパスと大原・三千院

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 京都旅行の写真を見返していて、京大キャンパスへも寄っていることを思い出した。北山ユースに泊る前だったか、泊まった後だったかははっきりしない。すぐ近くに何か観光地がある訳でもなくどこかに観光したついでではなさそうだ。何故訪れてみようと思ったのかは今となっては全く不明だ。お正月明けでキャンパスには殆ど人影がなかったようだ。あの当時は何処の大学に行ってもあった学生運動の立て看板がやはりあって、時代を表している。

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 北山ユースに泊った次の日は大原も訪れている。こちらは明らかに京都駅前からバスに乗ったのは間違いないだろう。大原を訪れるのは初めての事で、三千院寂光院も観に行った筈だが、何故か雪の残る三千院の写真しか残っていない。

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仁和寺、金閣寺、北山ユースの不思議な位置関係

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 金閣寺というのは実は京都において自分にとって大好きな観光地なのだ。勿論そういう人、特に外国人は多いだろう。しかし一般的に金閣寺が京都で人気なのと私が好きだというのは若干違うかもしれない。それは三島由紀夫の小説、金閣寺に大きく由来している。金閣寺のあの壮麗な建物を観ていると不思議なざわざわする気持ちが湧いてくるのを抑えられないからなのだ。三島の金閣寺を読んだのは中学生の頃で、もうストーリーの大半は憶えていない。しかしあの小説を読んだ際の、心の奥底のざわざわ感は不思議とよく憶えているのだ。

 ここを大学四年の最後の冬休みに訪れた時の経緯はよくわからない。とにかく金閣寺に到着したのは閉園になる直前だった。焦って走るようにして駆け込んだのはよく憶えている。そしてもうひとつは仁和寺の駐車場前で観たもう暮れようとする夕陽(前日の最初の画像)の風景だ。仁和寺から金閣寺は、途中の竜安寺などを経由して歩けない距離ではない。多分当時も歩いたのだろう。そしてその日泊まった光悦寺近くの北山ユースも金閣寺からぎりぎり歩けない距離ではなさそうだ。しかし不思議なのは前日紹介した金閣寺の写真と仁和寺駐車場前の写真はどうみても仁和寺のほうが後に撮ったもののように思える事だ。北山ユースは仁和寺から見て、金閣寺より先にある。北山ユースへは歩いていった気がするのに、金閣寺から反対方向の仁和寺のほうへ戻っているようなのだ。歩いていったにせよ仁和寺からバスに乗ったにせよ説明がつかない。

 北山ユースは洛北の中でもかなり標高の高い位置にあったようで、ユースの部屋の窓からも京都市街の夜景が綺麗に見えて、そこでも写真を撮っている。

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金閣寺と北山ユースホステル

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 (仁和寺山門前の夕陽)

 今日のタイトルを何にしようかなと考えていて、ふと思いついたものを書いて愕然、というか吃驚した。前日のタイトルと実に対称性を為していたからだ。これは最初から意図していたことではない。何故かと言って、東山ユースホステルに泊まった次の日の宿泊先はずっと洛北光悦寺畔ユースだと思っていたからだ。それは当時のユース会員証に押されていたスタンプにそう記載されていたからで、ユース名だと思っていたのは実は住所だったのだ。ユースがあった場所とそのアクセス方法を確認しようとして検索をしていて、ユースの名前は洛北光悦寺畔ではなく北山ユースホステルだったと気づいたのだった。

 この日は一日、何処をどう廻っていたのか全く記憶にないし、記録も残っていない。ただ、日の入りが迫る頃の仁和寺からみた夕焼けの写真と、金閣寺のかなり低い位置からの夕陽を受けて燦然と輝いている写真、そしてユース会員証のスタンプだけがその日の行動の残っている手掛かりの全てなのだ。

 そしてまた一つ、大きな偶然に気づいてしまった。一昨日起きたパリのノートルダム大聖堂の消失である。日本にとってパリのノートルダム大聖堂は何に当たるかという話で、日本在住のフランス人が、それは富士さんだろうとコメントしていた。私も一時そう思った。しかし、今日のブログをどう綴ろうと考えていて、いや、もしかしたら金閣寺なのではと思い返したのだ。

 そして怖ろしい事実を思い出す。そう、金閣寺も昭和初期に一度消失しているのだ。しかも当初の完成時期がどちらも1300年代という近い時期に当たる。只の偶然としても、ちょっと背筋が寒くなる話だ。

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銀閣寺と東山ユースホステル

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 嵯峨野をぐるっと巡って嵐山の見える渡月橋前まで戻ってきてからおそらく嵐電に乗って市街地の方に戻った筈だ。その当時はバスを使うという発想がなかった筈だからだ。

 その後、どこを巡ったのかさっぱり記憶にないのだが、一枚残っている写真から東山の銀閣寺を観に行ったのは間違いない。その日泊まったのは、ユース会員証に残っているスタンプから東山ユースホステルであることは分かったのだが、何処にあったのかも全く記憶にない。今は勿論閉鎖になって存在しないのだが、ネット上の資料によると地下鉄東西線東山駅のすぐ傍にあったらしい。ユースというと普通は人里離れたところにあるものだが、こんな街中にあったのかとちょっと驚く。

 

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