norimakihayateの日記

バーチャル旅日記からスタート。現在は私の海外渡航史に特化しています。

籠坂峠 ダウンヒル

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 三日目はもう家に帰る日。往きは途中一泊したが、帰りは一気に帰りたかったので、ルートを変えて籠坂峠を一気に下る。Y湖畔から最初100mちょっと登るだけであとは600mほどを一気に下る。この坂はサイクリストやライダー達のメッカで有名な場所だ。峠族と称するドリフトフェチの暴走族も結構多いらしいが、ここを通過したのは朝方の割と早い時間だったので、変な連中は殆ど居なかった。本格的なダウンヒルは初めての経験だったが、要領はサイクリストという名前の自転車専門誌で研究してあった。コーナリングの手前で充分減速し、コーナリング中は基本的にブレーキは使わないようにすること、フレームは両方の足で締め付けるようにすることで身体を自転車と一体化する事などだ。坂は15kmほどあった筈だが、あっと言う間だった。

 この坂の後は、もうひとつだけ峠を越える必要がある。その手前の町で肉屋を捜してコロッケをふたつ買い、腹ごしらえをして最後の峠の坂に臨む。

 今回で自転車一人旅を終了にする。

 

最後の夜

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 陽が沈む前に何とかY湖まで辿り着いて、まず最初に寮の前を通り越して前日、山伏峠から降りてきたところにあった雑貨店まで食料品を仕入れに自転車を走らせる。当時、Y湖畔にある店はレストランか土産物屋ばかりで、普通の食料品を売る店はそこしか見当たらなかったのだ。6Pチーズとチョコレート、そしていつもの魚肉ソーセージを仕入れてくる。夜は水が出ない惧れがあるのでスプライトも一缶買っておく。再び寮の前を通り越してカフェテリア、レイクヴィラに珈琲を呑みにゆく。ここの珈琲は200円でちょっと高い。何せ前日食べたラーメンが170円、寮で出して貰う壜ビールも170円という時代だ。そして寮に帰ったのが6時ちょっと前。朝出発したのが9時半前。1時間ぐらい降りていた時間があったとしても7時間半ぐらいは自転車に乗っていた計算になる。

 すぐに夕食を出してくれる。何故ならこの夜は私一人で、女性二人連れも男性三人組ももう帰ってしまったからだ。メニューはイカのフライに卵スープ。この日もビールを一本所望する。一浪して大学に入り、この時は既に誕生日を過ぎていた筈だから合法だ。そうして最後の夜が更けていった。

 

富士と夕陽

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 M湖までの道は快調に飛ばして行ったのだが、M湖からY湖畔までの帰り道は疲れも溜まってきて、どんどんスピードが落ちてきていた。若干の登り勾配だったのと向かい風だったこともある。

 K湖まで戻った所でお腹が空いてきてふらふらしてきたので、K湖大橋手前に営業中の看板を出している食堂を見つけ、400円と当時としてはちょっと高めのカツ丼を頼むことにする。美味しかったし、量もたっぷりでアサリの味噌汁まで付いてきたのが感激だった。

 食べて少し元気が出たので有料の大橋を記念に渡ってみることにする。何と自転車は10円だった。

 富士はK湖から観るのが一番美しいと当時の日記には記されていた。そしてY湖に何とか辿り着いた時には富士に夕日が沈もうとしていた。

 

初めてのM湖

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 五湖巡りの最後はM湖。タイトルに初めてのと付けたのは、実はもっと前に来る筈だったからだ。幼年期にボーイスカウトに入っていて割と初期の頃にM湖での夏のキャンプがこの場所であったのだ。それが何かの理由で参加出来なくなってとても悔しい想いをしたのをずっと記憶していたからだ。

 五湖を巡る国道から外れて湖畔に降りるには結構な坂を下ることになる。帰りにこれを登るのかと思うとちょっとぞっとするような坂だ。夏のキャンプの盛んな時期には賑わうのだろうが、12月も半ばを過ぎた寒々とした時期に訪れる人は滅多に居ない。坂を下って湖面について手頃な大き目の石に腰を降し休んでいると、スカイラインだったと思うが車に乗った男女がやってきた。私が居るのに気づいて如何にも迷惑そうにバックしていった。

 当時の日記にはふと詩とメロディが浮かんだとある。「ここを立ち去る時、何か置き忘れた想いのする、思い出ではなく旅人だけが知る心の寂しさ・・・」みたいな感じだったようだ。暫く佇んでから帰途につく為に坂を昇り始めるとさっきのスカイラインと擦違う。私が立ち去るのを待っていたのだろうか・・・などと思いながら国道へ戻る。

 

意外に広いSH湖

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 S湖畔の食堂で早目の昼を採ったせいか、元気が出て次のSH湖までは快調に飛ばす。サイクルコンピュータは付けていなかったが当時の日記には45km/hぐらいは出ていただろうと書いてあった。若くて脚力のある頃だからその位は出ていたのかもしれない。下り坂というのもあったのだろう。

 SH湖は五湖の中で一番小さい筈と思って一周してみることにしたが、思いの外、広くて最後はしんどかった。

 

K湖からS湖へ

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 自転車旅行初めての一人旅の二日目は朝9時過ぎに寮を出る。前の日、ぬかるんだ未舗装道路をずっと走ってきたので泥だらけの愛車を寮の外で出しっ放しの水道からホースで引っ張って来て泥を少しだけ洗い落とす。

 そして最初に目指したのがK湖。富士急ハイランドの入り口を通り過ぎ1時間半ほどで湖面が見えるところまでやってきた。湖を左に観ながらぐるっと廻って次のS湖を目指す。S湖到着は11時半頃。お腹が空いてきて湖畔の小さな食堂に入りカレーライスを頼む。250円だったようだ。その食堂のおばばと暫く話をして出掛けに水筒に水を貰った。今ならフレームに付けるボトルホルダにPETボトルが当たり前だが、当時はそんなものは無く、ボーイスカウトで使っていた米軍払下げのカーキ色の布バッグに入ったアルミ製の水筒をずっと使っていたのだった。次の画像は当時使っていたその物ではなく、雰囲気が似ているものをネット上でみつけた物。

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早朝の怪事件

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 (寮の食堂)

 

 テレビもラジオもない炬燵だけの部屋で早々に夕食も食べてしまったのでする事もなく、最初に寝たのは7時半頃だったようだ。それが隣の部屋の入寮者が騒いでいる音で目覚めたのは11時過ぎだった。女性二人連れの方ではなく、反対側の隣の部屋にやってきた男三人組だった。女二人連れのほうは相変わらず聞き取れないひそひそ声が続いていた。

 そして二度寝して、起きて腕時計を観ると8時10分。(しまった。寝過ごした。)と慌てて起きる。朝食は日程表に8:15までと書いてあったので、急いで着替えて食堂へ向かう。しかし食堂には誰も居ない。誰か起きている気配がないのだ。仕方なく部屋に戻ってまた布団にもぐる。そしてもう一度腕時計をみると何と5時前。(あれれのれ・・・)

 窓の外はバカみたいに明るい。変だなと思って廊下の時計を観ると何と8時ちょっと前。食堂に行ってみてそこの時計をみても同じ時間だった。(どうなってるんだろう)と思いながらも起きて布団をたたみ炬燵の中で苛々しながら朝食の鐘を待つ。寮では食事の時間になると福引の抽選会場で使うような大きな鐘を鳴らすのだ。鐘と同時に食堂に飛んでいき、自分の時計を食堂のに合わせる。結局何がなんだか分からない朝だった。