norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

ノバイのホテル ダブルツリー

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 デトロイトの空港で現地駐在員のI氏の運転でNOVI(ノバイ)という街にあるホテル、ダブルツリーへ連れていって貰う。

 ノバイは現地駐在員事務所のある街で、このブログでも2017年7月初め頃の記事で紹介している、4年前の2000年の米国出張の際にも来ている。ただ、同じ駐在員事務所なのだが2000年の時は略称UJUIという名前、2004年のこの時はUNAIと名前が変っている。日本の親会社がそもそもM&Aで社名が変ったことに由来するのだが、何の略だったかももう忘れてしまった。

 ホテルはその駐在員事務所の割と近くだった筈だが、もう殆ど記憶にない。ホテルの部屋から撮ったらしい駐車場の写真がかろうじて残っているが、二階の部屋だったらしいことが判るきりで、雪の残る寒々とした駐車場が広がっているだけの殺風景な風景だった。

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デトロイト到着

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 シアトルからデトロイトまで飛行は4時間だったが、快適なビジネスクラスの8時間に比べて、とても長く感じられた。時差ボケになるからと、なんとか頑張って起きていたが、同行した他のメンバー達はかなり寝てしまったようだった。

 デトロイトに着くちょっと前に遠い窓越に下界をみたが、一面氷の世界だった。デトロイトは三度目になるが、初めての時とこの時はいずれも2月の一番寒い時期だった。

 

 朝の8時50分にデトロイトメトロポリタン空港に到着。外へ出ると、迎えの現地駐在員のI氏、先に来ていたH氏、ひとつ前の直行便で着いていたメカニックのグループがすぐ見つかる。同行のY氏がバゲージを預けているというと、不審そうにみんな首を傾げる。大きくて機内持ち込みが認められなかったのだと思い込んでいたようだ。まさか、ちょっとした刃物を持っていたので、それを没収されないように預けたのだとは誰も思わない。後で見たのだが、指一本ほどの大きさのスイス製アーミーナイフで、結局帰りの便では預けないで済むように駐在員のI氏に進呈していた。

 駐車場の屋外でちょっと煙草休憩をしている時に、両替をしたいとY氏が言い出して空港には慣れているH氏が連れていくというので、私も同行する。Y氏は2万円を替えていたが、私は1万円にしておく。結局Y氏も私も途中で足りなくなったのだが、それはI氏のやり方のまずさのせい。食事に行くたびに、一般課員も伴って、管理職だけの割り勘にするからだ。これでかなり散財させられたのだった。

 

同乗のアメリカ人たち

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 シアトル・タコマ空港からデトロイト・メトロポリタン空港までのフライトで隣の席だった海兵隊上り風の青年については昨日触れたが、もう少し別の同乗者たちにも触れておくことにする。

 通路の反対側は当時人気テレビドラマとして放映されていたER緊急救命室のグリーン先生みたいな感じだが、もっと若い学生風の男で、むっつりしていたが、最後に着陸してキャビンの扉が開くのを待っている時も、例の金髪オバサンのアテンダントが今度はこの男に向かってしなを作っているようにも見えた。

 グリーン先生の後ろは、「天使にラブソング」の主人公の黒人女性にそっくりのおばさんだった。

 

 国内線のせいか、飲み物はソフトドリンクのみで、出てきた軽食もパンとチーズとシリアルと牛乳とバナナ。ちょっとせこい感じがしたが、そんなものかとも思う。隣の海兵隊あがり風も、ちゃんと残さず食べていた。ただ、シリアル用に砂糖がないかと頼んでいたのには唖然とした。

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非常口前の席

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 シアトルからデトロイトへは米国の国内便ということになる。シアトルまでの8時間はビジネスコンバートで楽々だったが、デトロイトまでは勿論エコノミー。当時の日記には767の小型機ではと書いてあったが、真ん中に通路があって、左右三席ずつのレイアウトは今調べてみると、どうもボーイング737ではないかと思われる。国内便なので殆どが米国人。アメリカで設計された飛行機だが、アメリカ人の体型に合っているとは到底思えず、どの席もお互いの身体がはみ出し合って窮屈そうだ。

 私はラッキーなことにエコノミーだが非常口前の席だった。つまり自分の席の前が非常口用の広々としたスペースで足が伸ばせるのだ。しかも非常口の先はアテンダントが逆向きに座る予備席で、離着陸時にはアテンダントと顔を見合わせてすわることになる。当時の日記に依ると、その席に座ったのが金髪だが、かなりの年のオバサン。厚化粧だが、愛嬌のある顔だとあった。私の隣は学生のような海兵隊あがりのような若い男で、腕には刺青もあったが、気はいい男で頭上のキャビネットが開かないで困っていたらさっと立って手伝ってくれた。離着陸時、目の前の金髪女性が隣の若者のお母さんぐらいの年だと思われるのだが、隣の若者に色目を使っているように見えた。後でじっくり隣の青年の顔を見てみると、結構ハンサムで、アテンダントもフェロモンを出しまくりながら親しげにずっと話し掛けていたと日記に書いてあった。

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出入国カード

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 シアトルのタコマ空港へついて入国審査に並ぶことになる。国際線でのトランジットという扱いではなく、一旦ここで米国に入国し、ここからは米国国内線でデトロイトへ向かうという形になる。

 当時の日記を見ると、パスポートチェックで、係官が金髪美人と東洋系のオバサンと男性係官の三人が居て、金髪美人に当たらないかと念じていたが、東洋系オバサンに呼ばれてしまったとあった。しかも入国カードに記入してないところがあったらしく、顎で(あっちで書いてこい)とばかりに指示され、ちょっとむかついたとあった。

 入国カードは確か今では日本でも廃止されていたと思う。入国カードに記入するような内容は、パスポートの申請の際に全て申告済の筈なので、電子化されたパスポートの時代では本来不要の筈だ。この時の2004年時点ではまだパスポートは電子化はされていなかったと思う。アメリカへはこの年以来、入国していないので今はどうか判らないが、近年この入国カード記載というのはした覚えがない。海外渡航もどんどん色んなものが変ってきていて、数年海外渡航をしていないと、全く知らない世界になっていたりする。そのうちスマホをピッと翳すと入出国審査が完了してしまう時代が来るのかもしれない。

 

マウントレーニア

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 ノースウェスト便は成田を立って約8時間後、現地時間で朝6時40分にシアトルのタコマ空港に到着した。私は飛行機では寝れないタチなのだが、ビジネスクラスのゆったりしたシートのせいか、割とぐっすり寝れたようだった。

 タコマ空港は略称シータック(SEATAC)というらしい。何と事かと思ったらシアトルの頭とタコマの頭を取って付けたらしい。

 今日の画像は自分で撮ったものではないが、背景に大きな山が見える。何だろうと調べてみたら、レーニア山、つまりマウントレーニアだ。この言葉はよく聞くなあと思って、暫く考えていて思い出した。珈琲のCMでよく聞くのだった。缶コーヒーの柄としてデザインされていたのもこれかもしれない。

 

機内の愉しみ

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 同行のエンジニアのY氏とN氏を載せたノースウェスト便はほぼ定刻どおりに成田を出発した。Y氏とN氏は並んだ席だったが、私は彼らから6列ほど前で独り。遠慮なく機内の愉しみを堪能する。

 ビジネスクラスのいいところは、出発前から飲物がサービスされる事だ。当然のように出発前にシャンパンを所望する。

 巡航高度に上がってすぐにバドワイザーを注文する。国際線では乗る便の国産のビールを頼むのが礼儀だと私は思っている。おつまみのナッツのお代わりまでしてビールも要るかと訊かれて、代わりにコニャックを貰う。

 食事中はビーフに合わせて赤ワインをお代わりまで貰って、その後食後にコニャックの二杯目まで頂く。経済不況で航空機のサービスもどんどん低下する中で、ノースウェストはとても気を使ってくれるアテンダントばかりで、シンガポール航空以来のもてなしぶりにとても感激していた。