norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

工場実習とB210型サニー

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 昨日は馬堀(うまほり)から出発して、亀岡並河(なみかわ)と過ぎ、千代川まで到達した。

 

 無事、就職したN自動車では大卒の新入社員には伝統的に2箇月ほど製造現場での実習をさせる決まりになっていた。隔週で昼勤務と夜勤が交替する2交替制の現場実習だった。

 

 私が配属されたのは、サニーという乗用車の車体組み立て工程だった。その時ラインに流れていたのはB210型という歴代サニーの中でも1、2を争う不人気機種だった。しかし、海外では無茶苦茶売れていて、1シフト200台余りという当時としてはフル回転での生産量だった。

 

 仕事は車体パネルのスポット溶接による組立の一部。床面までが組み上がったモノコックボディにサイドパネルとリアパネルを組み付ける工程だ。今ではこの工程は殆ど完全に自動化されていて、機械というかロボットが全てをこなしている。しかし、私が実習した当時は、作業員がスポットガンという10kgほどもある溶接機を肩に抱えて、車体パネルを棚からおろしてはスポットを打っていくというもの。ラインタクトは一台あたり2分弱ぐらいだった気がする。1シフト残業有りの9時間で200台余りをこなしていたのだからそんなものだろう。

 

 流れてくる車体は2ドアセダン、4ドアセダン、2ドアクーペの3タイプ。これが仕向地別に左ハンドル車、右ハンドル車がある。流れてくるボディにラベルが貼ってあって、仕向地と車型のタイプが書いてある。それを毎回キチンと確認するのだ。仕向地、車型によって微妙にスポットを打つ位置が異なるからだ。

 

 スポット溶接というのはすぐ傍でスパーク火花が飛び散るので、軍手と革手袋を二重にして顔には防護マスクをして行うのだが、それは過酷な労働だった。プレス機に鉄板を出しいれする作業も重労働だったが、それに匹敵するような過酷さだった。休み時間には持参したレモンをかじりながらベンチでぶっ倒れるように寝ていたのを憶えている。

 

 今日の画像は私の散歩コースの途中で見かける、未だに使われているB210型サニー。2ドアセダンという車型で、この形を日本で見掛けることは滅多にない。主に米国や中近東などへの輸出用に作られていた車型だ。