norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

初代ウィンドウズ機の末路

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 昨日は倶利伽羅を出て、隣の津幡(つばた)までやってきた。倶利伽羅まではあいの風とやま鉄道だったが、倶利伽羅以西はIRいしかわ鉄道となる。

 

 私にとっての初代ウィンドウズ機パナソニックレッツノートA44。これは3年使ったところで、液晶モニタ故障により使えなくなる。毎日のように持ち歩いていたので、液晶モニタである蓋の開閉頻度からRGBの線のどれかが切れかかったようで、ある日突然画面全体がピンクになってしまい、それから暫くして全く点かなくなってしまった。本体が壊れた訳ではないので、次の東芝ダイナブックのほうに全データを移植した後、暫く屋根裏に眠っていた。

 

 これが陽の目を見るのは割とすぐで、親が勉強したいと言ったので我が家から持っていったマッキントッシュPerforma6260が電源系の故障で立上らなくなったので、代替として持ち込んだのだ。マック用のCRTモニタは生きていたので、液晶モニタが点かないA44でも接続さえすれば使えたのだ。これは現在でもまだ生きていて時折ではあるが使われている。使用頻度が少ないのでまだ生き延びているのかもしれない。しかし通信は未だにダイヤルアップである。

 

 妻にとっての初代ウィンドウズ機は同じパナソニックレッツノートのCF-R2。私のA44はOSはWindows98だったが、こちらはそれより若干後に買ったのでWindowsME。歴代Windowsの中でも一番普及しなかったOSかもしれない。当初は家族での共用だったが、殆どは妻専用だった。それから妻がゲートウェイに買い替えたので、息子専用になる。息子が東芝製に買い替えたので、今度は妻の実家の親が使うようになる。義父がPCの使い方を大体覚えたところでお古では可哀想というので、新品のSOTEC製を買ってプレゼントし、まだ動いていたCF-L2はSOTECを購入した店で引き取って貰ったのだったと思う。

 

 A44は液晶モニタは故障したものの16年経ってまだ本体は動いている。CF-R2のほうは9年使って、まだ動いていたことになる。その間に世間で使われているOSは3から4世代ほど新しく変わっていっている。そんなに長く使われていたのは、使用していた人がOSの更新を好まなかったせいだろう。