norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

リンカーン・コンチネンタル

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 昨日は東富山から出発して、富山を越え、呉羽まで到達した。

 

 2000年に二度目の米国出張、海外出張の通算では三度目の出張をすることになる。行先はビッグスリーのF社、デトロイトだった。その際に使い始めて一年目ぐらいのウィンドウズモバイルPC、A44を持参することになる。

 

 仕事はF社からのエンジン制御システムの受注の可能性についての商談だった。F社を訪れるのは私自身としては最初の米国出張以来の二度目の経験だった。その時から既に14年ほどが経過していた。F社が検討していたのは、次期型高級モデルのリンカーン・コンチネンタルという車両だった。

 

 世の中のパソコン事情は劇的に変化していた。既に海外との間の電子メールのやり取りもそんなに難しい時代ではなくなっていた。とは言っても、まだ電子メールそのものが自由に扱えるのは少数派だった。

 

 会社が使っていたプロバイダ、ニフティは海外プロバイダとしてはコンピュサーブという会社と提携していて、海外ではこちらのローミングサービスが使えた。現地の海外拠点事務所やホテルから、コンピュサーブのアクセスポイントを探して、その電話番号をメーラーに設定することで国内に居る時と殆ど変らずに電子メールが遣り取り出来た。唯一、難しかったのは、ホテルや事務所によって、電話番号の頭に9とか0とかを付けなければならないのを正確に知ることだった。ホテルの部屋にはだいたいその案内があったので、さほど迷うことではなかった。もう一つ悩ましいのが、アクセスポイントが場合に依ってはLONG DISTANCE CALLとなって料金がかさむという心配だ。しかし、これも会社経費で落とせることが判っていたので、あまり気にしないで済んだのだった。

 

 アクセスポイントなどという言葉も今となっては既に死語になっているが、当時を思い起こす懐かしいキーワードではある。