norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

マスクROM発注

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昨日は本庄から出発して神保原を過ぎ、新町まで到達した。

 

 マイコン制御の開発で紙テープを使ったシチュエーションで忘れられないのはマスクROM(ロム)の発注だ。マスクROMというのは、開発で使っているEPROM(イー・ピー・ロム)のように書いたり消したりが出来ない製造工程の中で一回だけ書き込むことが出来るものだ。EPROMのようにメモリ内容が消えてしまう心配がなく、安定しているのだが、一度に大量にしか生産出来ない。大量生産には向いているのだが、間違って作ってしまうと大きな損失が発生するものだ。

 

 開発が終了して量産段階に入る前に、半導体メーカーに発注を掛けるのだが、その際には間違いがないように、大型計算機に最終プログラム、最終データを入力し、出力として発注用の紙テープを作製する。そのリールは巻いた状態で直径30cmほどにもなる。大型計算機に掛ける際にはIBMのパンチカードで入力するのだが、カードの束も厚みで30cm以上になる。カードは一枚一枚がばらばらになるので、万が一順番が入れ替わってしまうと大変なことになるのでカードの束ではなく紙テープを使うのだった。

 

 当時の発注先は、東京郊外の小平にあった半導体工場だった。マスクROMの発注は生産開始時期から逆算してぎりぎりの日程で組まれていた。従って発注をする期限も厳格に守らなければならない。最終データは何時もぎりぎりまで開発が行われていて、期限日ぎりぎりまでなかなか決まらない。さあ、これで最終版となって紙テープを作製して半導体工場へ出発という段になって間違いが見つかり、作り直しをしなければならないというのは何度も経験した。発注の為にその紙テープを車で半導体工場まで届けるのは、プロジェクトで一番若い私の役目になっていた。何時も間に合うかどうか冷や冷やさせられたものだった。

 

 その当時の半導体工場というのは、まだ人手に多くの部分を頼っていて、たくさんの女工さんが居た。届けるのはぎりぎりの時間になってしまって、夕方になることもしばしばだったが、夕方5時の定時になると、工場からぞろぞろ大勢の女工さん達が退社で出てくるのに出会うのだった。女工さんたちの多くは集団就職で地方から出てきた人達だった。多くの人達はそのまま女子寮へ向かうのだが、一部の女性は体育館に向かうバレーボール部の選手なのだった。その会社のバレーボールチームも日本一を競うような強豪チームだった。