norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

ローランド社製エレピアノ

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 昨日は1万3千歩超えしたにも関わらず、川湯温泉を出て次の緑駅まで到達出来なかった。駅間が15kmもあるようだ。

 

 再び私の音楽史の続き。

 大学の時に加入した軽音楽系のサークルでは一番多く担当したのは、ギターだが次はエレピアノかもしれない。ギターなどは皆がギターケースで毎日持参していたが、大型の楽器やアンプ、ドラムセットなどは誰かが持込み、部室に鍵を掛けて保管していた。これらの楽器やアンプは部員が自由に利用出来るようになっていた。そんな中にあったのが60鍵のエレピアノだった。ローランド社製でアンプに接続して音を出すもので、音色はアコースティックに近いピアノ音からチェンバロハモンドオルガンのような音まで再生出来るイコライザーが付いていた。サークルで一番ピアノが上手い男が持ち込んだのだったと思ったが、私を含めて何人かが演奏の練習に使っていた。前に触れたママス&パパスの私の小さな夢をやる際に私が担当して弾いたのがこのエレピアノだった。蓋が付いていて、蓋を閉めると、ちょっと大型のギターケースのような格好になって、重たいのだが一応持ち運べるようになっていた。

 

 このサークルで使っていたのとほぼ同じタイプのローランドのエレピアノを暫くしてから自分でも購入した。何時だったかははっきりしないのだが、就職をした直後、借家で独り暮らしをしていた時期があって、その時に買った可能性が高い。自宅に居た時は、アップライトのピアノがあったので、わざわざ買う必要が無かったからだ。私がエレピアノを購入した少し後、姉も同じローランド社製のもうすこし大き目で持ち運びは出来ないタイプのエレピアノを購入している。姉もその時、自宅を出て独り暮らしをし始めたからだった。本日の冒頭の画像はその姉が購入したローランド社製エレピアノだ。

 

 更に数年して、私が結婚してアパート住まいになった頃、姉が自宅に戻ることになり、エレピアノが不要になって私に呉れることになった。姉のほうが少し高い分、少しいい音だったのだ。不要になった私が買ったエレピアノは下の妹が結婚して住んでいた東京のアパートに引き取られていった。

 

 独り暮らしだった頃、日曜の昼間などによく練習していたのは、久保田早紀が一発ヒットさせた異邦人、渡辺真知子の代表曲であるかもめが飛んだ日、ピンクレディーの大ヒット曲のサウスポーなどだ。耳で聞いて憶えてコード進行にそって伴奏し、イントロや間奏は真似をして楽譜無しで弾いていた。