norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

DREAM A LITTLE DREAM OF ME~私の小さな夢

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 昨日は塘路から茅沼を過ぎ、五十石まで到達した。

 

 大学に入って、入会したサークルは名前にフォークソングというのを冠していたものの、実態はまさしく軽音楽系というのがふさわしいサークルだった。部室の隣が軽音研といって、まさにその名を使っていたので、遠慮したのかもしれない。男子学生の7割ぐらいがロックかジャズの軽音楽をやっていて、残りが所謂フォーク系だった。女子学生は短大を中心に他大学からかき集めた女子学生で、8割はフォーク系。ロックバンドなどでボーカルを務めるのが2割という構成だった。そんな構成の中で私を含むフォーク系のギター男は、フォーク女子を引き止めるギター伴奏補助という役回りなのだった。

 

 最初はCSN&Yのコピーバンドを作りたいというギターが弾けない女子二人を支えるギタリスト兼ボーカルという役回りをもうひとりの男子学生と一緒に務めた。ロック野外コンサートのウッドストックはラジオで抜粋を聴いて知ってはいたが、映画はまだ観てなくてCSN&Yも知らなかった。女の子からレコードを借りて最初に練習したのが青い眼のジュディだった。ジュディが青春の光と影をヒットさせたジュディ・コリンズの事だったのを知ったのもずっと後のことだ。

 

 CSN&Yコピーバンドは数か月で解散し、一回目の合宿を期にサイモン&ガーファンクルのコピーバンドをコンビを組んでくれる男子学生を誘って作った。その後に男二人、女二人で四人のコーラスバンドを作る。これが一番長く続いたバンドだった。

 

 四人で何となく集まったのだが、四人それぞれがやりたいものは全て違っていた。それぞれにやりたいものを主張し、残りのメンバーが妥協するという感じで、雑多なものをやっていた。私が提案したのはママス&パパスのコピーだった。折角男女二人ずつのバンドなので、姉所有のレコードでずっと前から知っていたコーラスハーモニーをやってみたかったのだ。

 

 二回目の合宿でやる演目の中に、ママス&パパスの私の小さな夢を選んだ。キャス・エリオットの秀作だ。メインボーカルの女の子が私が持ち込んだレコードの中からこれがやりたいと選んだのだ。私自身はママ・キャスの歌唱力に比して無謀だと思ったが、やってみたい曲ではあった。もう一人の女の子がギターとコーラスを、もう一人の相棒の男がエレキベースを担当し、私はホンキートンクな感じのエレピアノを担当した。

 

 この曲が密かな物議を醸したらしかった。この選曲はなかなかの渋いものだった。それやりたかったのに・・・という感じ。ロックバンドのリードボーカルでサークル一番の歌唱力を誇っていた女性は、私ならもっと上手く歌えるのにと思ったようだった。同じロックバンドでエレキベースをやっていた技巧派のベーシストは、俺ならもっと上手くベースが弾けると思ったようだ。サークル一番のピアニストだった男は、俺ならもう少しましにエレピアノが弾けるのにと思ったようだ。結局はこんないい曲をもったいないと皆に思われてしまったようだ。それでもこの曲をやると言いだした我々グループを差し置いてやる訳にはゆかない。一緒に演じたカリフォルニアドリーミンなどはそこそこ出来たものの、私の小さな夢はやらなかったほうが良かったかもしれない。この合宿コンサート直後にグループは解散することになってしまった。リードボーカルだった女の子が突然辞めたいと言いだしたのだ。当時は判らなかったが、今は何故か判るような気がする。