norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

ギターとの出会い

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 昨日は14000歩超えをして、根室本線上では古瀬から白糠(しろぬか)、西庶路(にししょろ)と過ぎ、庶路駅まで到達した。久々に複数駅をこなした。

 

 中学に入った時には親から油絵用の道具を一揃え購入して貰って、部活として美術部に入部したのだが、美術部で絵を描いたのは最初のたった一日目だけだった。美術部は女ばかりで、男性部員は自分一人だけと知ったからだ。その当時、油絵を描くなんていうのは女しかやらないことだったのだろう。油絵はひたすら自宅で描いていた。

 中学2年になった時には、今度は親からギターを買って貰う。ギター部とかがあれば間違いなく入部していただろう。しかし、その時代はまだギターが大流行し始める前で、中学はおろか、高校であってもギター部があるような学校は稀だった。

 クラスでも、ギターを練習しているというクラスメートは他に一人しか居なかった。私はガットギターというナイロン弦のギターでクラシックを練習していて、もう一人、小学高からの幼馴染の友人は、同じ様にガットギターではあったが、フラメンコギターを年上の従兄に習っていたようだ。お互いにレコードを貸し借りしたり、楽譜も交換したりしていた。

 入部していた美術部には全くと言っていいくらい行かなかったので、代わりに授業が終わると真っ直ぐに家に帰ってはギターの練習をしていた。カルカッシというクラシックギターとしては有名な教則本を買ってきて、それにそって独学での練習だった。アポヤンド奏法、アルアイレ奏法と異なる弾き方で、人差し指と中指、中指と薬指、人差し指と薬指のように指を替えながら右手の弾き方を、左手ではこれに合わせて全弦の各フレットを順番にずらしながら押弦の練習をみっちりやり、その後音階のスケールを弾く練習をして、続いてアルペジオの練習、和音を抑える練習をした後、練習曲に取り組むといった具合だった。自分としては運動部に入ってランニングや基礎運動をしているのの代りをしているようなつもりだった。だいたい一日2時間と時間まで決めてやっていた。

 中学二年の時の担任の先生から、生徒会の役員になるように説得された。しかし私はギターの練習が忙しいので出来ないと言い訳をした。しかし本当はそれは嘘で、その当時の生徒会のようなお仕着せの似非民主主義が大嫌いだったのだ。生徒会の顧問、指導を行っている社会科の先生などは、昔は軍国主義に心酔していて戦後手の平を返すように民主主義を教えだした信用ならない連中だと真剣に思っていたのだ。しかし担任は簡単には許してくれず、仕方なく生徒会会長の選挙には立候補して、落ちたら許して貰うという条件をつけ、見事私の友人に当選させて、生徒会役員になるのを免れたのだった。

 

 画像は中学2年から使っていたガットギターのヘッド部分。糸巻は一度壊れて交換している。1フレットから3フレットに掛けて、指を抑える指板の部分がかなり擦り減っていているのが見て取れる。