norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

八幡色々・・・

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 安土を出て、近江八幡を越え、篠原というところを過ぎたところ。八幡和郎(やわたかずお)という歴史作家の方が書いた「日本史が面白くなる地名の秘密」という本に近江八幡という地名のことが出てくる。総務省の指導により、同じ漢字表記の市が二つ出来ないようにしているそうだ。元々滋賀県にあった八幡町(はちまんちょう)が市になったのだが、すでに福岡県に八幡市(やはたし)があった為、八幡市を名乗れず近江八幡となったのだそうである。その後、京都府八幡町が市になる時には福岡の八幡は北九州市に合併吸収されていた為、八幡市(やわたし)と名乗ることが出来たのだそう。

 同じ八幡と書きながら、はちまん、やはた、やわたと言い換えるのも面白い。

 ちなみに、北九州市の八幡には棲んでいたことがある。長崎出身の父が私の祖父にあたる父親に連れられ、小倉に移り住んだのだ。私が誕生する頃に隣の八幡に移ったらしい。その父が亡くなった際に原戸籍を取り寄せていて、長崎に居た父の古い親族がことごとく原爆で亡くなっていたことを知る。それも驚きだったが、更に長崎に投下された原爆は、元々は工業都市であった小倉がターゲットだったというのだ。ところが当日の天候が悪く、急遽長崎に変更になったのだという。人の運命というのはわからないものだ。

 画像は、北九州の八幡に棲んでいた頃、父親が勤めていた米軍芦屋空軍基地。一般公開されていた日に落下傘部隊を運ぶ輸送機の見学をした時のもの。今は航空自衛隊の基地になっているそうだ。