東京駅を出発して、三日目が経過した昨日。距離は29.9kmまで達し、漸く横浜
までやってきた。鶴見から横浜。電車ではあっと言う間の距離だが、歩くと一日掛かる
のかと、今更ながら距離感に驚く。
鶴見、横浜間は京浜急行のほうが身近に感じる。長く通勤で通っていたせいだろう。
京浜鶴見、花月園、生麦、新子安、子安、神奈川新町、仲木戸、神奈川、そして横浜だ
ったかな。あまりいい思い出ではない。就職したての頃、つらい毎日だったのだろう。
月曜日に出勤の為に駅に降り立つと、ホームに妙にちびた赤鉛筆が落ちている。日曜
の花月園競馬で使ったのを捨てて行ったものだろう。競馬新聞もそこここに落ちていた
ように思う。
横浜駅は嘗て日本のサグラダ・ファミリアと呼ばれていた。いつ行っても工事中で、
いったい何時完成するんだろうという感じだった。それが数年前久しぶりに行ったら工
事がすっかり終わっていた。しかし、何となくすっきり感がない。なんだ、完成しても
こんなもんかという感じである。東海道線、京浜東北線、京浜急行、東横線と幾つもの
路線が入り組んでいるので仕方ないのかもしれない。
嘗て日本が戦争中だった頃、松本竣介という孤高の画家が居た。その竣介が戦時中の
横浜駅界隈を何枚も描いている。全く景色は変わっているのに、何となく匂いとでもい
うようなものが今の横浜駅界隈にも残っているような気がしてならない。