norimakihayateの日記

 歩数計を腰に、バーチャルで辿る旅日記。今は山陽本線に沿って東京を目指しています。はやてのHomePageへのリンクも追加しました。

韓国 最後の夜

二日目のミーティングが終わって、サウナへ行ったのは前述しているが、その後、夕食を採るのに同行した営業の男はきっと何も検討しないで来る気がしたので、こちらで水源の地図やホテルのパンフレットを調べて、夕食の店をあらかじめ決めておいた。最初の夜…

韓国からのメール

2001年の韓国出張についてはあまり記憶が残っていない。当時の日記を辿ってみても数行しか書いてなくてあっさりしている。それで当時、出張と言えばノートPCに通信モデムカードを持参して会社との間で電子メールをしていたことを思い出し、その記録も…

水源のホテル

水源(スウォン)のホテルには二泊している。ホテルの案内パンフ、水源の地図、観光地・華城の案内パンフなどは貰ってきた憶えがあるのだが、屋根裏の奥などを捜してもみつからなかった。当時から会社のサイトも居住地も変っているので、どこかで処分したか…

RSMテクセンでの打合せ

ルノーサムスンのテクニカルセンタがある水源(スウォン)という街は水源華城という古い城壁の跡が残っている観光名所のあるところだった。その横を擦り抜け、確か丘の上のほうにあったテクセンへ向かう。 夕方からのミーティングにはRSM側からは4、5人…

水源への道

韓国へ着くとすぐにタクシーでソウル市街から、ソウル郊外にあたる水源(スィウォン)というルノーサムスンのテクニカルセンタがある街に向かう。初めてみる韓国の街は、寒々とした冬場ということもあるのだろうが、灰色に煙って見えた。近くのそんなに高く…

韓国行き 3

海外へ出掛ける時は成田の免税品店で旅行中に呑むウィスキーを買っていくのがならわしになっていたのだが、この年から初めてプラスチック製のボトルに入ったシーバスを買っている。ガラス製のボトルは重いので、旅行者にはプラボトルはとても有り難い。 韓国…

韓国行き2

今日は旧友の突然の来訪を受けて何時も通りのブログ更新をすることが出来なかった。 明日以降、請うご期待。

韓国行き

韓国出張は2001年のまだ寒い時期だった。当時の日記によると世間の3連休に当たってしまってちょうどいい時間帯の成田エクスプレスが取れなかったとあるので、建国記念日の頃だったのだろう。 同行したのはエンジン制御システムを共同開発していたH社の…

初めての韓国

2000年の米国出張は、海外出張としては12年ぶりだった。しかし翌年の2001年には韓国へ出張する機会が訪れる。米国出張の時と内容は似ていて、その当時所属していた会社で扱っていたエンジン電子制御システムを韓国の自動車メーカー、ルノー・サム…

おまけ 同僚K氏の再出張

2000年の米国出張から帰ってすぐ、同行したK氏にフランス出張の話が舞い込む。今度はR社との商談だった。ヨーロッパには英語が堪能な現地駐在員が何人か居て、英語には不自由しないので、K氏も安心して出掛けていったようだ。 出張から帰ったK氏から…

難民船と呼ばれた帰りの便

リアル京都の旅にまた出掛けていて、ブログ更新が滞ってしまった。初日は朝早くに出掛ける前に、最終日は日付が変わろうとする直前に帰宅出来てぎりぎりで更新出来たので、空いたのは二日分で済んだ。その模様は後日また記事にしたいと思っている。 2000…

シーフードの店 キャプテンクック

ロサンゼルス最後の夜は、同行のK氏のたっての希望で、彼が前に訪れたことのあるシーフードの店、キャプテンクックを訪れている。運転はK氏の嘗ての部下(つまり現地駐在員に送り出した張本人という意味)を呼び出して運転をさせる。店は決して上品という…

土産物選び

ロスの空港へは、メル友ではあったがまだ逢ったことがなかったT氏が迎えに来てくれていた。アリバイ作りの為の事務所訪問を形だけしてから事務所傍の饂飩屋で昼飯を採ってから、お決まりのビバリーヒルズ界隈、チャイニーズシアター前とT氏の運転でロス市…

ロスへ移動

私が当時勤めていた自動車用電子機器製造メーカは、主要取引先の自動車会社の販売本店がロスに多かったので、ロスにも駐在事務所を持っていた。ただデトロイトほどの規模はなく、日本人駐在員が二~三名、現地雇い事務員が一人ぐらいの事務所だった。アメリ…

怖い街 デトロイト

デトロイト対岸のカナダ側の街はウィンザーと言った。ウィンザーに渡るには地上の橋を渡るか、地下のトンネルを通るかする。どちらにも税関と入出国管理所がある。我々は往きは地下のトンネルで越え、帰りは夜景を愉しみながら橋を渡るという選択をした。 怖…

あっと言う間の当日

結局デトロイトの駐在員事務所には三日間居て、初日が資料作り、二日目はプレゼの本番をやる現地雇いの米人が私用で途中から帰ってしまったので代役の米人を使ってプレゼの練習。三日目は午前中プレゼの最終調整をやって午後にF社に赴き本番となった。プレ…

駐在員事務所の現地スタッフ

ノバイにあった駐在員事務所には現地スタッフは5人前後居たと記憶している。しかし定着率はとても低く、半年で離職するなんていうのはざらだったようだ。日本人スタッフも任期は数年で交替する。私達が出張で訪れた時に事務所に最年長で居たのは空港へ迎え…

PC持参の初めての海外出張

2000年の米国出張では初めてノートパソコンを持参している。まだ会社内で個人所有のPCの使用が許されていた時代だ。というより、まだ会社のPCが一人一台までは行き渡っていない時代で、個人で購入して持ち込むならどうぞという感じだった。 私はちょ…

ノバイ 現地駐在員事務所

デトロイトに着いてすぐ、駐在員の車で事務所へ連れていかれる。到着当日は市内見物でもしてと思っていたのだが、駐在員達にはそんな感覚は一切無かった様で、すぐにF社との商談の準備に取り掛からされる。 デトロイトの現地駐在員事務所はノバイというとこ…

デトロイト到着

2000年のデトロイトへの出張はあまりはっきりとした記憶もないし、資料も殆ど残っていない。商用出張なのでカメラも持参していなかったので写真も殆ど残っていない。かろうじて日記に残っている記載によれば、午前11時に成田を立って、同じ日付の午前…

ノースウェスト航空 アップグレード

システム開発担当の同僚と横浜駅で落ちあい、始発の成田エクスプレスで成田へ向かう。4泊6日の予定だったので、私は布製のバッグ一つ。商用打合せなので往きから背広で、着替えは下着にYシャツ1枚のみの軽装だった。一方の同僚は大型サムソナイトのスー…

12年ぶりの海外出張

このところずっとアジアを中心とした海外リゾート地での家族バカンス旅行について振り返ってきた。海外リゾートでの家族旅行は2000年のペナン旅行で締め括ったのだが、実はペナンに出掛ける2箇月ほど前に海外出張で米国に出掛けている。ここからは海外…

ペナンから成田へ

ペナンからの帰りは久々に朝早い便だった。プーケットやシンガポールからは夜間飛行で帰ることが多かったので、新鮮に感じた。キャセイ・パシフィック航空の便は窓側の席だったので、窓から眺める雲の上の景色を娘が何枚も写真に撮っていた。 今回で2000…

ペナンの夕陽

ペナンのラササヤン・リゾートホテルの場所ははっきりとは記憶にないのだが、夕陽の写真が結構残っていることからペナン島の北側であったらしい事が判る。海に向かって左の方角に陽が落ちているからだ。マレーシア本島のインドシナ半島からは遠い側だったの…

ブリトニー・スピアーズ

前回も書いたプール、ビーチ、エスニック料理、民族舞踊等々、あまり記憶に残るものが無かったペナンですが、唯一忘れられない記憶にあるのがブリトニー・スピアーズのCDです。 実は家族旅行のペナンに出る前の2箇月ほど前に、商用で米国出張をしていまし…

空中ブランコ トラピ

アジアン・リゾート・ホテルでのバカンスも10回目ともなると、プールにしろ、ビーチにしろ、エスニック料理にしろ、民族舞踊にしろ、キッズクラブにしろ、殆どどんなものも目新しくはなく、そのそろこの手の旅行はお終いにしてもいいのかと思い始めてきて…

インド人街でのサリー

タイアップの免税品店を散々廻らされたペナン市内観光の最後に、妻からのリクエストでインド人街へ連れていって貰っている。海外でインド人街があるような所では必ずと言っていいぐらいサリーの店へ寄っている。1992年のフィジー、1999年のシンガポ…

ペナン市内観光

2000年のペナンへの家族バカンス旅行の際も市内観光が付いていた。市内観光はホテルから車で30分ほどのジョージタウンという所がメインだった。車の中でペナンの名の由来はビンロウ樹という植物の名、ピナンだと知る。 市内観光で最初に訪れたのは寝釈…

シャングリア ラササヤン・リゾート

マレーシアの首都、クアラルンプールの空港を経由してペナンまでは30分ほどのフライトだった。驚いたのはペナンが南国の楽園のような島ではなかったことだ。有名なリゾートなのでさぞかし自然の奥深いところにあるのだろうと思っていたら、シンガポールを…

香港国際空港

ペナンへの旅行で香港国際空港へ立ち寄っている。この年の旅行で使ったキャセイ・パシフィック航空のハブ空港になっているからだ。海外旅行で香港に立ち寄るのは5回目の事になる。最初の海外旅行であるパリ行きが南回りだったので初めて降り立った空港とい…

初めてのキャセイ・パシフィック航空

2000年のペナン島の旅も、前年、前々年同様、H.I.S.で予約したツアーで使われた航空会社はキャセイ・パシフィック航空だった。初めて乗る飛行機会社で、あまり強烈な印象は残っていない。香港を拠点とするフラッグ・キャリアだということを今回再認識し…

2000年 アジアンリゾート最後の旅 ペナン

1990年インドネシア・バリに始まった家族アジアンリゾートのバカンス旅行だが、2000年を迎えた夏に最後ということになる。次の年には上の娘がいよいよ高校受験となるからだった。 最後のアジアンリゾートとして選んだのはマレーシアのペナン島だった…

シンガポールから成田への夜間飛行

シンガポール市街のコンコルドホテルを後にして空港に着いたのは夜9時半ぐらいだったように思う。フライトは11時過ぎで、子供達は飛行機に乗ってからの各席に付属しているモニタ機でゲームをやるのを楽しみにしていて、何とか寝ない様に頑張っていた。私…

最後のアラブ人街

高島屋で買物ゲームをたっぷり愉しんだ後、荷物を置きにホテルに帰る事にしてタクシーを拾う。荷物を置いて来た後、すぐにまた乗ってアラブ人街に行くのでホテルの前で待っていてくれと運転手に頼むと、アラブ人街には行けないという。中国出身者らしい顔つ…

シンガポールの高島屋での豪遊

シンガポールでセントアンドリュース大聖堂とラッフルズホテルを見物した後、市内にある大型百貨店である高島屋へ行っている。現地名ではナグヤムシティというらしかった。何故そこへ向かったかというと、日本を出発する前に、旅行会社から抽選に当たったか…

セントアンドリュース大聖堂とラッフルズホテル

シンガポール市街地下鉄の旅では、まず最初にセントアンドリューズ大聖堂に行っている。着いてみるとちょうどミサ中で中には入れなかったが、外で訊いてみるとカトリックではなく聖公会の教会とのことだった。期待していたほど由緒ある感じではなく、当時の…

シンガポールの地下鉄

シンガポールのコンコルドホテルに再度投宿して一晩経ったらもうシンガポール最終日だ。ホテルのチェックアウトタイムは夜6時との事で、一日たっぷり街歩きをして疲れたらホテルの部屋へ戻る作戦にする。 団体旅行ではなく全くのフリーなので地下鉄に乗る事…

シンガポールへ帰還

四日ぶりにシンガポールのコンコルドホテルに戻ってきた。僅か四日前に一泊しただけのホテルだが、なんだかとても懐かしい気分だった。円筒形の特異な形でとても目立つホテルだった。実はこの年の12年後に再度シンガポールを訪れることになり、市内観光の…

ビンタン島 最後の日

ビンタン島滞在は三日間だったので、あっと言う間に最終日になってしまった。ホテルはいろいろアミューズメント施設もあったが、1997年のラグーナビーチホテルほどではなく、一通り遊んで三日間でちょうどいいぐらいだった。 シンガポールへ戻る船の便は…

ビンタン島 スヌーカー

アジアンリゾートのホテルでビリヤードを愉しんだのは、プーケットのラグーナビーチクラブが最初だったように思う。ビンタン島のセドナ・ホテルでもだんだん慣れてきて、最初のうちはナイン・ボールだったのが、セドナホテルではスヌーカーを愉しんでいたよ…

ビンタン島の海

セドナ・ホテルのプールサイドからすぐに浜辺まで出れるので、海にも何度か行っている。最初の時に水の中に潜ってみて、タイに似た白い魚で縁が黄色になっている魚が優雅に泳いでいるのを見つけたのだが、後にも先にもその一回だけしかみることが出来なかっ…

セドナ・ホテルのフィットネスセンター

アジアンリゾートホテルのキッズクラブは娘と息子はずっと一緒に行っていたのだが、この年から娘は中学生になっていたので、もうキッズクラブにはいかず、私を誘ってフィットネスセンターのほうへ行きたがった。娘とフィットネスセンターを使ったのは199…

セドナ・ホテルでのキッズクラブ

アジアンリゾートホテルでキッズクラブは、1997年のプーケット・ラグーナビーチクラブ、1998年のバリ・ノボテルブノアホテルと既に二度体験していて、完全に慣れっこになっていて、間もなく8歳になろうとしていた息子は初日からキッズクラブで遊ぶ…

セドナ・ホテルのレストラン

アジアンリゾートホテルとしては9回目のビンタン島セドナ・ホテルでの食事は、アジアのエスニック料理以外も充実していて、イタリアンなどのヨーロッパ系の料理や、日本食レストランなども利用していた。プールサイドのレストランではハンバーガーも何度か…

セドナ・ホテル 朝のルーティーン

夏のアジアンリゾートホテルでの過ごし方は9回目ともなると自然と決まってきてしまう。鳥の声で起きるとまず全員で朝の散歩に出る。プールサイドを抜けて海辺に出るというのが定番のコースだ。セドナ・ホテルにはちょっとした木陰になる小さな森の散歩コー…

セドナ・ホテルのプール

9回目のアジアンリゾートホテルでの休日も、メインで過ごすのはプールとなる。海も近いのだが、クラゲが出ることが分かって水に入るのは止めてもっぱら散歩で愉しむだけにして泳ぐのはプールがメインになる。 息子も前年までに泳ぐことが出来るようになった…

セドナ・ホテルのデン

ビンタン島より二年前のプーケット・ラグーナ・ビーチクラブホテルで、初めてデンというものに接したのだが、セドナ・ホテルの部屋にもデンがあった。プーケットのデンは高層階から環礁の湖を見下ろす窓際だったが、セドナ・ホテルのそれは海辺に歩いていけ…

セドナ・ホテル

1999年のシンガポールとビンタン島のバカンス旅行は1990年のバリ旅行から数えて9回目。アジアのリゾートホテルの過ごし方もすっかり馴染んでいて不安も全くない。 ビンタン島での送迎からホテルのチェックインは全く添乗員は何もしてくれなかった。…

ビンタン島 時差の謎

シンガポールの海外便発着所を夜8時に出発して、約1時間でビンタン島の波止場へ到着する。そこからはホテルの送迎バスで30分ほど揺られてホテルに到着。今回のホテルはホテル・セドナ・ビンタン・ラグーンという名前。名前通り環礁の上に作られたホテル…

いざ、ビンタン島へ

シンガポール市内観光を夕方終えて一旦ホテルロビーへ戻る。もう宿泊はしないのだが、ビンタン島へ渡るフェリーが出るのは夜になるのでホテルのロビーで時間潰しとなったのだ。そろそろ辺りが暗くなってきた頃、バスに乗せられ空港に近いほうにある船着き場…