norimakihayateの日記

 歩数計を腰に、バーチャルで辿る旅日記。今は山陽本線に沿って東京を目指しています。はやてのHomePageへのリンクも追加しました。

シンガポールの高島屋での豪遊

シンガポールでセントアンドリュース大聖堂とラッフルズホテルを見物した後、市内にある大型百貨店である高島屋へ行っている。現地名ではナグヤムシティというらしかった。何故そこへ向かったかというと、日本を出発する前に、旅行会社から抽選に当たったか…

セントアンドリュース大聖堂とラッフルズホテル

シンガポール市街地下鉄の旅では、まず最初にセントアンドリューズ大聖堂に行っている。着いてみるとちょうどミサ中で中には入れなかったが、外で訊いてみるとカトリックではなく聖公会の教会とのことだった。期待していたほど由緒ある感じではなく、当時の…

シンガポールの地下鉄

シンガポールのコンコルドホテルに再度投宿して一晩経ったらもうシンガポール最終日だ。ホテルのチェックアウトタイムは夜6時との事で、一日たっぷり街歩きをして疲れたらホテルの部屋へ戻る作戦にする。 団体旅行ではなく全くのフリーなので地下鉄に乗る事…

シンガポールへ帰還

四日ぶりにシンガポールのコンコルドホテルに戻ってきた。僅か四日前に一泊しただけのホテルだが、なんだかとても懐かしい気分だった。円筒形の特異な形でとても目立つホテルだった。実はこの年の12年後に再度シンガポールを訪れることになり、市内観光の…

ビンタン島 最後の日

ビンタン島滞在は三日間だったので、あっと言う間に最終日になってしまった。ホテルはいろいろアミューズメント施設もあったが、1997年のラグーナビーチホテルほどではなく、一通り遊んで三日間でちょうどいいぐらいだった。 シンガポールへ戻る船の便は…

ビンタン島 スヌーカー

アジアンリゾートのホテルでビリヤードを愉しんだのは、プーケットのラグーナビーチクラブが最初だったように思う。ビンタン島のセドナ・ホテルでもだんだん慣れてきて、最初のうちはナイン・ボールだったのが、セドナホテルではスヌーカーを愉しんでいたよ…

ビンタン島の海

セドナ・ホテルのプールサイドからすぐに浜辺まで出れるので、海にも何度か行っている。最初の時に水の中に潜ってみて、タイに似た白い魚で縁が黄色になっている魚が優雅に泳いでいるのを見つけたのだが、後にも先にもその一回だけしかみることが出来なかっ…

セドナ・ホテルのフィットネスセンター

アジアンリゾートホテルのキッズクラブは娘と息子はずっと一緒に行っていたのだが、この年から娘は中学生になっていたので、もうキッズクラブにはいかず、私を誘ってフィットネスセンターのほうへ行きたがった。娘とフィットネスセンターを使ったのは199…

セドナ・ホテルでのキッズクラブ

アジアンリゾートホテルでキッズクラブは、1997年のプーケット・ラグーナビーチクラブ、1998年のバリ・ノボテルブノアホテルと既に二度体験していて、完全に慣れっこになっていて、間もなく8歳になろうとしていた息子は初日からキッズクラブで遊ぶ…

セドナ・ホテルのレストラン

アジアンリゾートホテルとしては9回目のビンタン島セドナ・ホテルでの食事は、アジアのエスニック料理以外も充実していて、イタリアンなどのヨーロッパ系の料理や、日本食レストランなども利用していた。プールサイドのレストランではハンバーガーも何度か…

セドナ・ホテル 朝のルーティーン

夏のアジアンリゾートホテルでの過ごし方は9回目ともなると自然と決まってきてしまう。鳥の声で起きるとまず全員で朝の散歩に出る。プールサイドを抜けて海辺に出るというのが定番のコースだ。セドナ・ホテルにはちょっとした木陰になる小さな森の散歩コー…

セドナ・ホテルのプール

9回目のアジアンリゾートホテルでの休日も、メインで過ごすのはプールとなる。海も近いのだが、クラゲが出ることが分かって水に入るのは止めてもっぱら散歩で愉しむだけにして泳ぐのはプールがメインになる。 息子も前年までに泳ぐことが出来るようになった…

セドナ・ホテルのデン

ビンタン島より二年前のプーケット・ラグーナ・ビーチクラブホテルで、初めてデンというものに接したのだが、セドナ・ホテルの部屋にもデンがあった。プーケットのデンは高層階から環礁の湖を見下ろす窓際だったが、セドナ・ホテルのそれは海辺に歩いていけ…

セドナ・ホテル

1999年のシンガポールとビンタン島のバカンス旅行は1990年のバリ旅行から数えて9回目。アジアのリゾートホテルの過ごし方もすっかり馴染んでいて不安も全くない。 ビンタン島での送迎からホテルのチェックインは全く添乗員は何もしてくれなかった。…

ビンタン島 時差の謎

シンガポールの海外便発着所を夜8時に出発して、約1時間でビンタン島の波止場へ到着する。そこからはホテルの送迎バスで30分ほど揺られてホテルに到着。今回のホテルはホテル・セドナ・ビンタン・ラグーンという名前。名前通り環礁の上に作られたホテル…

いざ、ビンタン島へ

シンガポール市内観光を夕方終えて一旦ホテルロビーへ戻る。もう宿泊はしないのだが、ビンタン島へ渡るフェリーが出るのは夜になるのでホテルのロビーで時間潰しとなったのだ。そろそろ辺りが暗くなってきた頃、バスに乗せられ空港に近いほうにある船着き場…

シンガポール 観光船巡り

シンガポールの市内観光、午前中の最後は船での旧市街巡りとなる。波止場について、そのままディーゼルエンジンのうるさい小さな船に乗る。こちらも小人数なので席が余るくらいだった。 船は旧植民地の面影を残す古い町並みを抜けながら、マーライオンを目指…

タイアップの免税品店巡り

チャイナタウンの市場の後は革製品の店へ。この手の市内観光ではお決まりのタイアップ店だ。どこかのDUTY FREE専門の店らしいのだが、安いものは殆ど置いてない。適当にごまかしてみてはいたが、我が家で買うようなものはなく、娘も財布を欲しがっていたのだ…

綺麗な汚い街 シンガポール

チャイナタウンの上の2階はナシゴレンなどの屋台の続く食べ物屋コーナー。ここで一休みして子供等はジュース、大人はビールを飲む。店の人なのか常連の客なのか、親切に座る場所やごみの置き場を教えてくれる。ごみは少ないがたしかに汚い。臭いもする。

アラブ人街@シンガポール

チャイナタウンの後に行ったのはアラブ人街。大きなモスクの前でバスは止まる。今は棲んでいる人は居ないという昔ながらの町並みが続く奥にモスクがある。そのモスクの前で怪しげな、しかし可愛い顔の若い尼というか修道女が観光客を眺めるでもなく佇んでい…

チャイナタウン@シンガポール

ビュッフェでの朝食を終えた後、いつもながら走るようにして時間ぎりぎりでチェックアウト。一階のホールにはもう既に案内人が待っていた。このときのガイドが一番印象に残っていて、日本語が話せる現地の人なのだが、顔格好はいかりや長介そっくりだった。 …

シンガポールの朝

ホテルに着いたのは夜遅くだったので、一夜明けて10階のホテルの窓から見る景色は初めてに近いものだ。夜はビルの灯りだけが見えていたのだが、高層ビルばかりではなく、結構緑も多いのが判った。もっともこの時は今から20年近く前の事なので、今では景…

シンガポール到着 コンコルドホテル

チャンギ空港へ到着したのは深夜1時ということもあったのか、入国手続きも空いていてスムーズだった。バゲージクレイムでスーツケースを受け取りロビーへ出ると現地案内人がすぐに見つかり直ぐにバスのほうへ案内される。ツアー名もそこまでは日本の旅行代…

シンガポール チャンギ空港へのフライト

成田を19:10に出発したシンガポール航空のジャンボ747は定刻きっかりの7時間掛けて、シンガポールのハブ空港、チャンギ空港へ到着する。日本との時差は1時間なので午前1時に着いた計算になる。 妻は乗ってすぐに機内誌でエコノミーでもシャンパン…

世界最高水準のシンガポール航空

1999年の旅行での航空会社は勿論、シンガポール航空。事前の調べでも客先好感度世界NO. 1という噂で期待の否が応でも高鳴るのだが、機内に入ってみて、なるほどと思った。乗ったのは最新鋭機のジャンポ747.エコノミーでも全席に8インチほどの易経画…

シンガポールへの出立まで

1999年の海外家族旅行は予約着手が遅かったこともあって、それまでの土曜出発日曜帰着という一週間9日間をフルに使うというツアーが取れなくて火曜出発、月曜着という5泊7日になってしまった。この年も自家用車で成田近くまで行って一週間パーキング…

キティちゃん人形の謎

1999年の海外家族旅行は予約で出遅れた為に難航するかに見えたのだったが、ビンタン島のホテルの洗濯も、延泊付きオプションも、シンガポールでの特約観光ツアーも、旅行会社側の希望とこちらの希望が示し合わせた訳でもないのにぴったりで、旅行会社の…

1999年の夏のバカンス

1999年の夏のバカンスの予約は昏迷極まるものだった。そもそも夏に家族で海外のリゾート地へバカンス旅行をするのはもう止めてはいいのではという空気が家族の中にも流れていた。長女が小学校を卒業して、そろそろ家族旅行というものにあまり賛同しなく…

免税の洋酒

昨日で1998年の旅行記はお終いにするつもりだったが、書き忘れていた事を思い出して、もう一言。 1982年に最初の海外旅行をしてからずっと、帰りのお土産には必ず洋酒を免税で夫婦二人分で3本ずつ買って帰るのが習わしだった。それがこの1998年…

出立の日

1週間のノボテル・ブノアホテル滞在はあっと言う間に過ぎ去って最終日になる。空港へ向かう送迎バスは夜の9時半と割と遅い時間だったので、最終日も有効に過ごすことにする。午前中は皆でプールへ行き、午後は息子はキッズクラブ、妻と娘はホテルの近くの…

ブノア岬、散歩で出遭った面相観の親爺

ノボテルブノアホテルのあった場所は先端に有名な寺院のあるブノア岬へ向かう道の途中にあった。滞在中の半日を使って、子供達がキッズクラブで遊んでいる間にこの道をブノア岬に向かって散歩してみた。 途中、手工芸品を売る店に立ち寄ってみたのだが、その…

食事中のバンド演奏

カクテルパーティのあった次の朝のビュッフェで、曲当てクイズで優勝した赤毛の若奥さんみたいな西洋人に出遭ったので、「Congratulations for your winning last night!」と言ったら、私もせっていた一人だったので憶えていたようで「Oh! Thank you.」と笑…

ガレリア・ショッピングセンター

1998年のバリの旅ではガレリア・ショッピングセンタというモールに二度ほど行っている。当時は大きな店といえば、ヌサドゥア地区ではそこしか無かったように思う。その8年前の1990年にヌサドゥアに初めていった時には、椰子の樹と瓦礫だけの何もな…

プールサイドでのカクテルパーティ

アジアのホテルのダイニングでは料理を盛り付けたテーブルにたいてい西瓜やメロンなどで飾り切りをした果物が置いてある。いわゆるカービングというやつだ。ノボテル・ブノアホテルではこのカービングの実演とお試し教室を開催していた。妻はこの手のものが…

日本人スタッフ

ノボテル・ブノアホテルには、日本人女性スタッフが一人居た。正確に言うと、代表的な外国観光人客のそれぞれの言葉を話せるスタッフが最低限一人ずつ居て、舞踊ショーの前後で、英語、フランス語、スペイン語、中国語、そして日本語で、それぞれ解説をして…

初めて観るマハーバーラタ

マハーバーラタはラーマーヤナと並んで古代アジアの有名な叙事詩であると習ったのは確か、高校の世界史でだった。ギリシャ神話などと同じ様に昔の神々の物語、神話を吟遊詩人らが歌いつづっていたもののようだ。 このマハーバーラタをバリの伝統舞踊で初めて…

連日のディナー・ショー

バリの観光ホテル特有の伝統芸能ショーは、このノボテル・ブノアホテルでも同様で、ステージの設けられたメインダイニング前の広場では毎日何がしらかのショーが繰り広げられていた。 遅くに到着した最初の夜は別として、二日目に早速ディナーショーを予約し…

ノボテル・ブノアホテルのキッズクラブ

前年のプーケット、ラグーナビーチクラブのホテルでキッズクラブの楽しさに味をしめた子供等は、最初から毎日のようにキッズクラブに行きたがった。大人もその間ゆっくり出来るので歓迎ではあった。 ノボテル・ブノアホテルのキッズクラブはゲッコークラブと…

プールサイドでの愉しみ

この年の夏の一番の目的が息子の泳ぎということもあって、私と妻が代わる代わる付きっきりで息子の水泳につきっきりになっていたこともあって、娘のほうは自分で勝手に色々楽しんでいたようだ。宿泊ルームに近いプールサイドには、三つ編みをしてくれる女性…

水泳特訓

バリへの旅は四度目という事もあって、観光という意味合いは大分薄れていた。この年の一番の目的は下の息子が泳げるようになる為の特訓だった。幸い宿泊ルームに近い側のプールは両サイドに大きな幅の階段上になった棚のような部分があって、少しずつ水深を…

ノボテル・ブノアホテル 2

ノボテルホテルはヌサドゥア地区の繁華街というと大袈裟だが、街中にあって、道路を跨いで東西二つのサイトに分かれていた。車が結構通る道路なので、ホテルの従業員である警備員が24時間立って道路を横切る宿泊客を案内していた。東側がプライベートビー…

1998年のバリ ノボテル・ブノアホテル

この年のバリ旅行のホテルは1990年以来のヌサドゥア地区だった。1990年の時のプトゥリバリホテルはまだ新興観光地で、辺りは全部開発途上の造成地だらけだった。それから8年経ってヌサドゥア地区へ行ってみると、見事に観光地区化していた。この年…

1998年のバカンス

またまた危うくブログ更新を失念するところだった。 1997年のプーケットの続いて1998年のバカンスとして選んだのは、四度目となるインドネシア、バリ島だった。1993年からタイとインドネシア・バリを交互に旅してきた。この年はずっと続いていた…

プーケット空港からバンコク空港を経由して成田へ

今日で1997年のプーケット旅行は終りにする。プーケット空港はこじんまりしていて、何となく懐かしい感じのする空港だ。やってきたのは1993年の時とで2回だけなのだが、何度も来た気がする。 飛行機はバンコクまでは例によってタイ航空だ。バンコク…

持帰ってしまったセイフティボックスの鍵

七日間滞在したプーケットのラグーナビーチホテルでの最終日は忙しかった。午前中二度目のヨット体験に挑戦し、その後プール。午前中の終りに二つ取ってあった部屋のうちのひとつだけチェックアウト。午後はスカッシュで汗を流してから部屋でシャワーを浴び…

最高のプール遊び

ラグーナ・ビーチクラブでは、ヨット、カヌー、テニス、スカッシュ、ビリヤード等々、様々なアクティビティを愉しんだのだが、子供達にはやはり王道のプール遊びが一番だったようだ。 特に娘のほうは足ヒレを着けてシュノーケリング練習用の深いプールを泳ぐ…

ラグーンを巡る水上バス

プーケットのラグーナ・ビーチクラブというホテルがあった場所の近くには、いわゆるラグーンと呼ばれる湖のような環礁が幾つもあって、それぞれが運河で繋がれていて、各ラグーン毎に幾つかの大きなリゾートホテルが建てられていた。それらのホテル間を行き…

人生、二度目のヨット

マリン・センターでカヌーを試した次の日は、ヨットに挑戦することにした。ヨットは会社に入ってすぐの年、会社にあったヨット部の講習会に参加して経験があった。ディンギーという二人乗りのタイプだったが、ラグーナ・クラブでも客に貸し出すのは主にこの…

マリン・センター

海と環礁の間を遮る狭い幅の砂浜の所にはマリン・センターが設けられていて、ヨット、カヤック、カヌー、ウィンドサーフィン、ジェットスキーなどを貸し出していた。勿論、初心者向けの講習会も専門インストラクタが授けてくれる。この場所からは海側へも環…

初めてのスクァッシュ

インドア・テニスの出来る体育館の地下にはスクァッシュのコートが幾つか並んでいた。スクァッシュのコートを生で観るのは初めての経験だった。入ってみると、エアコンがギンギンに効いている。寒いくらいだ。勿論やるのも初めて。ルールもよく判らない。し…