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norimakihayateの日記

 歩数計を腰に、バーチャルで辿る旅日記。今は山陽本線に沿って東京を目指しています。はやてのHomePageへのリンクも追加しました。

出立の日

1週間のノボテル・ブノアホテル滞在はあっと言う間に過ぎ去って最終日になる。空港へ向かう送迎バスは夜の9時半と割と遅い時間だったので、最終日も有効に過ごすことにする。午前中は皆でプールへ行き、午後は息子はキッズクラブ、妻と娘はホテルの近くの…

ブノア岬、散歩で出遭った面相観の親爺

ノボテルブノアホテルのあった場所は先端に有名な寺院のあるブノア岬へ向かう道の途中にあった。滞在中の半日を使って、子供達がキッズクラブで遊んでいる間にこの道をブノア岬に向かって散歩してみた。 途中、手工芸品を売る店に立ち寄ってみたのだが、その…

食事中のバンド演奏

カクテルパーティのあった次の朝のビュッフェで、曲当てクイズで優勝した赤毛の若奥さんみたいな西洋人に出遭ったので、「Congratulations for your winning last night!」と言ったら、私もせっていた一人だったので憶えていたようで「Oh! Thank you.」と笑…

ガレリア・ショッピングセンター

1998年のバリの旅ではガレリア・ショッピングセンタというモールに二度ほど行っている。当時は大きな店といえば、ヌサドゥア地区ではそこしか無かったように思う。その8年前の1990年にヌサドゥアに初めていった時には、椰子の樹と瓦礫だけの何もな…

プールサイドでのカクテルパーティ

アジアのホテルのダイニングでは料理を盛り付けたテーブルにたいてい西瓜やメロンなどで飾り切りをした果物が置いてある。いわゆるカービングというやつだ。ノボテル・ブノアホテルではこのカービングの実演とお試し教室を開催していた。妻はこの手のものが…

日本人スタッフ

ノボテル・ブノアホテルには、日本人女性スタッフが一人居た。正確に言うと、代表的な外国観光人客のそれぞれの言葉を話せるスタッフが最低限一人ずつ居て、舞踊ショーの前後で、英語、フランス語、スペイン語、中国語、そして日本語で、それぞれ解説をして…

初めて観るマハーバーラタ

マハーバーラタはラーマーヤナと並んで古代アジアの有名な叙事詩であると習ったのは確か、高校の世界史でだった。ギリシャ神話などと同じ様に昔の神々の物語、神話を吟遊詩人らが歌いつづっていたもののようだ。 このマハーバーラタをバリの伝統舞踊で初めて…

連日のディナー・ショー

バリの観光ホテル特有の伝統芸能ショーは、このノボテル・ブノアホテルでも同様で、ステージの設けられたメインダイニング前の広場では毎日何がしらかのショーが繰り広げられていた。 遅くに到着した最初の夜は別として、二日目に早速ディナーショーを予約し…

ノボテル・ブノアホテルのキッズクラブ

前年のプーケット、ラグーナビーチクラブのホテルでキッズクラブの楽しさに味をしめた子供等は、最初から毎日のようにキッズクラブに行きたがった。大人もその間ゆっくり出来るので歓迎ではあった。 ノボテル・ブノアホテルのキッズクラブはゲッコークラブと…

プールサイドでの愉しみ

この年の夏の一番の目的が息子の泳ぎということもあって、私と妻が代わる代わる付きっきりで息子の水泳につきっきりになっていたこともあって、娘のほうは自分で勝手に色々楽しんでいたようだ。宿泊ルームに近いプールサイドには、三つ編みをしてくれる女性…

水泳特訓

バリへの旅は四度目という事もあって、観光という意味合いは大分薄れていた。この年の一番の目的は下の息子が泳げるようになる為の特訓だった。幸い宿泊ルームに近い側のプールは両サイドに大きな幅の階段上になった棚のような部分があって、少しずつ水深を…

ノボテル・ブノアホテル 2

ノボテルホテルはヌサドゥア地区の繁華街というと大袈裟だが、街中にあって、道路を跨いで東西二つのサイトに分かれていた。車が結構通る道路なので、ホテルの従業員である警備員が24時間立って道路を横切る宿泊客を案内していた。東側がプライベートビー…

1998年のバリ ノボテル・ブノアホテル

この年のバリ旅行のホテルは1990年以来のヌサドゥア地区だった。1990年の時のプトゥリバリホテルはまだ新興観光地で、辺りは全部開発途上の造成地だらけだった。それから8年経ってヌサドゥア地区へ行ってみると、見事に観光地区化していた。この年…

1998年のバカンス

またまた危うくブログ更新を失念するところだった。 1997年のプーケットの続いて1998年のバカンスとして選んだのは、四度目となるインドネシア、バリ島だった。1993年からタイとインドネシア・バリを交互に旅してきた。この年はずっと続いていた…

プーケット空港からバンコク空港を経由して成田へ

今日で1997年のプーケット旅行は終りにする。プーケット空港はこじんまりしていて、何となく懐かしい感じのする空港だ。やってきたのは1993年の時とで2回だけなのだが、何度も来た気がする。 飛行機はバンコクまでは例によってタイ航空だ。バンコク…

持帰ってしまったセイフティボックスの鍵

七日間滞在したプーケットのラグーナビーチホテルでの最終日は忙しかった。午前中二度目のヨット体験に挑戦し、その後プール。午前中の終りに二つ取ってあった部屋のうちのひとつだけチェックアウト。午後はスカッシュで汗を流してから部屋でシャワーを浴び…

最高のプール遊び

ラグーナ・ビーチクラブでは、ヨット、カヌー、テニス、スカッシュ、ビリヤード等々、様々なアクティビティを愉しんだのだが、子供達にはやはり王道のプール遊びが一番だったようだ。 特に娘のほうは足ヒレを着けてシュノーケリング練習用の深いプールを泳ぐ…

ラグーンを巡る水上バス

プーケットのラグーナ・ビーチクラブというホテルがあった場所の近くには、いわゆるラグーンと呼ばれる湖のような環礁が幾つもあって、それぞれが運河で繋がれていて、各ラグーン毎に幾つかの大きなリゾートホテルが建てられていた。それらのホテル間を行き…

人生、二度目のヨット

マリン・センターでカヌーを試した次の日は、ヨットに挑戦することにした。ヨットは会社に入ってすぐの年、会社にあったヨット部の講習会に参加して経験があった。ディンギーという二人乗りのタイプだったが、ラグーナ・クラブでも客に貸し出すのは主にこの…

マリン・センター

海と環礁の間を遮る狭い幅の砂浜の所にはマリン・センターが設けられていて、ヨット、カヤック、カヌー、ウィンドサーフィン、ジェットスキーなどを貸し出していた。勿論、初心者向けの講習会も専門インストラクタが授けてくれる。この場所からは海側へも環…

初めてのスクァッシュ

インドア・テニスの出来る体育館の地下にはスクァッシュのコートが幾つか並んでいた。スクァッシュのコートを生で観るのは初めての経験だった。入ってみると、エアコンがギンギンに効いている。寒いくらいだ。勿論やるのも初めて。ルールもよく判らない。し…

久々のテニス

ラグーナ・ビーチクラブはアクティビティの施設が豊富にあった。テニスコートはアウトドアで3面、インドアで2面ほどあった。タイは南国なので日中アウトドアでの数時間のテニスは結構きつい。体育館内のインドアはエアコンも効いていてなかなか快適だった…

はじめてのキッズクラブ体験

またまたついうっかりとブログの更新を忘れてしまうところだった。しかし今日はお酒のせいには出来ない。最近、HTML で記載する自前のHPの二つ目を立ち上げたので、そちらの更新も忙しくなったせいだ。 1997年のプーケット、ラグーナ・ビーチクラブで…

コマドリと朝食

またまた、ついうっかりとブログの更新を忘れてしまっていた。土日はお昼にお酒を呑むことが多いので、そのせいかもしれない。しかも昨日はお昼に陶板を使った焼肉をしたので、ワインの量もちょっと多かったかもしれない。 ラグーナ・ビーチクラブ・ホテルの…

朝の散歩

ラグーナ・ビーチ・クラブでは朝は朝食前にホテル内を家族全員で散歩する事にしていた。ホテルは環礁となっている湖みたいなところのほとりにあるのだが、環礁は外海のすぐ近くにあって、ほぼ接しているが直接外海と環礁は繋がっていない。それでホテルの建…

バーツ暴落

1997年は確かアジア通貨危機があって、その引き金となったバーツの暴落があった年だ。旅行時期とバーツ暴落の時期がどちらがどうだったかははっきり記憶していなかったが、かなり旅行代金で得したような気がしたので、バーツ暴落時期のほうが早かった筈…

デンのある部屋

ラグーナ・ビーチ・クラブホテルで我々が案内されたのは、内部で行き来が出来る続き部屋になっている二つのツインとダブルの部屋で目の前にラグーンの環礁が見下ろせる三階建て最上階の部屋だった。 事前に渡された旅行会社の案内にはデンのある部屋と書いて…

多彩なプール

ラグーナ・ビーチ・クラブというホテルはアクティビティが充実したホテルなだけあって、プールも色々趣向が凝らされていた。メインのプールは上下二階建になっていて、上のプールから下のプールへ向かってはウォータースライダーが付いている。また上側のプ…

ホテルとラグーン

ホテル名、ラグーナビーチクラブのラグーナはおそらくサンゴ礁を意味するラグーンの形容詞なのだろう。文字通り珊瑚礁で出来た環礁の脇にあり、ホテルの部屋の窓からは環礁が眺めおろせる。その環礁の中を観光客を乗せた四角い小型フェリーみたいな船が定期…

ラグーナ・ビーチ・クラブ・ホテル

1997年のプーケット旅行のホテルはラグーナ・ビーチ・クラブという名前のホテルだった。 かなり広めの敷地で宿泊棟、ロビー、メインダイニングなどがある建屋の他に裏手にはフィットネスクラブも完備しているジムや屋内、屋外のテニスコートが幾つもあっ…

1997年 プーケット往きの飛行機

昨日はブログの更新をすっかり忘れていた。なるべく毎日更新するようにしていて、何処かへ出掛けていて物理的に更新が出来ない日はあったが、忘れていて更新し損なったのは初めてのことだ。 タイへ行くのは三度目だった。最初の1993年はタイ航空。二度目…

1997年のバカンス旅行

1997年の夏のバカンス旅行は通算7回目となるが、選んだのは三度目のタイ、二度目となるプーケットだった。調べてみると、この年から旅行会社としてH.I.Sを使い始めていて、その後はずっとH.I.Sのお世話になっている。 H.I.Sが格安海外旅行業者として世…

雨季の突然のスコール

今日で1996年のバリ旅行については最終回としたいと思っている。以前の記事で1993年のタイ・プーケットの旅行が雨季に当たり、雨の日が多かったと書いたと思うが、考えてみればタイにしろバリのあるインドネシアにしろ同じ東南アジアなので7月から…

何度目かのバリ・ナイトショー

1996年のバリ旅行は三度目のバリだった。なので、夜ホテルで催されるバリの民族舞踊のナイトショーはもう大分馴染みになっていた。しかしバリの夜にライトアップされた舞台で、ガムランや笛の音、おどろおどろしい太鼓の音の中で演じられるバリ特有の舞…

クタ・ビーチのサンセット

1996年のバリ・パドマホテルは、1994年のビンタン・バリホテルと同様にバリの西海岸にあるクタ地区なので、ホテルのプライベートビーチは夕陽が美しい。クタ地区は数々のホテルが敷地を接して隣接しているので、各ホテルのプライベートビーチがずっ…

ホテルのプール遊び

1996年のバリ・パドマホテルでの滞在のメインイベントは何と言っても子供達のプール遊びだ。日本では何かと制約の多い公営プールと違って、禁止事項が殆ど無い。朝から晩まで好きなだけ泳ぐことが出来、子供達にとっては天国のようなものだ。その間、大…

ティワラ・デワタでの買い物

間違ってチャハヤ・デワタのライステラス見物に連れられていった後、スーパーのあるティアラ・デワタにも連れていって貰っている。息子はそこでバリとは何の関係もないリモコンのレーシングカーの玩具とガンダムの偽物みたいがフィギュアを買って貰ってご満…

ティワラ・デワタとチャハヤ・デワタ

1996年のバリは三度目だったが、確か二回目の時にタクシーをチャーターしてクタの市内にあるスーパーマーケットに買物に行っている。お土産用のTシャツだとか子供の玩具だとか、インスタントラーメンなどがとても安く買えて気に入ったので、三度目の時…

マス村での買い物

マス村では念願だったデヴィスリの木彫り像の他にもう一点購入している。それは木彫りのチェスのセットだった。しかも一つひとつの駒がバリの神々の像を模しているのだ。これは一目見て気に入って買ってしまった。バリのこの手の品物は値段があって無いよう…

マス村でのリベンジ

三度目のバリではどうしてもリベンジしたい事があった。それは二度目のバリの時に買い損ねた木彫りの女神デヴィ・スリの像を買うことだ。二度目のバリの時に観光バスでいろいろ廻った中に木彫り細工で有名なマス村というのがあった。そこで欲しいなと思った…

ホテルの蓮と石像

バリ・パドマ・ホテルは前日も書いているが、蓮の花がモチーフになっていて、ホテル敷地内の至るところに蓮池があった。そして蓮の花と共に、バリの神々を模った石像も至る所にさりげなく置かれていて、独特の雰囲気を醸し出していた。しかし、石像の中で一…

バリ・パドマ・ホテル

1996年のバリ旅行で利用したホテルはバリ・パドマ・ホテルというところだった。一昨年前のビンタン・バリホテルと同じクタビーチにあった。ロケーションも雰囲気も似ているので、1994年のと1996年のバリ旅行は記憶がすぐにごっちゃになってしま…

ガルーダ・インドネシア航空と事故

1996年のバリ旅行の際もガルーダインドネシア航空だったのだが、この年のガルーダは大変な年だった。旅行に出た7月末から数えて2箇月も経っていない時期に福岡空港で離陸失敗で炎上するという事故が起きたのだった。このブログでも以前に書いているが…

1996年 6度目の海外家族旅行

恒例となった夏の家族海外旅行、1996年は6回目で、三度目のバリ島旅行となった。使った旅行会社もエイビーロードで見つけた4年連続、5回目の信栄トラベルという旅行会社。成田へのアクセスは3回目となる自家用車での乗り付け。但し、この年から駐車…

夜間飛行での帰路 ユナイテッド航空

1995年のタイ、チャ・アムビーチの旅からの帰国はユナイテッド航空の夜行便となった。夕刻までサイアム・シティ・ホテルのラウンジで過ごした後、送迎バスに乗りバンコク空港にチェックインする。 私は夜間であっても飛行機では寝れないたちである。巡航…

出国までのサイアム・シティ・ホテル

チャ・アムからバンコクへ戻ってきて、サイアム・シティ・ホテルへやってきたのだが、帰路ではこのホテルには泊らない。帰国は夕刻の便なので、その時間までこのホテルのロビーで空港へのバスをただ待つだけということになる。ロビーでは相変わらず、タイの…

再びバンコク サイアム・シティ・ホテルへ

チャ・アムからの帰りは、あちこちに観光で寄った往きと違って直行で帰ったので、半日以上掛かった往きほどの時間は掛からなかったものの、バンコク市内はやはり大渋滞続きで、ホテルのほんの手前まできて、そこからが長かった。何とかサイアム・シティ・ホ…

つかの間の五日間

1995年のタイ旅行は8日間の旅程だったが、初日はバンコクのホテルまで到達するのがやっと。最終日は夜間便での日本への帰国なので実質タイを愉しむのは6日間。しかもバンコクに一泊するのでリージェントホテル滞在は実質五日間ということになる。つか…

テュクテュク

チャ・アム・リージェントホテルにはプールが大きく分けて三つあった。そのうち二つはホテルの宿泊棟から歩いて行けるところにある。三つ目だけは、ビーチ沿いに500mほど行ったところに離れている。そちらのプールには、付属して専用のレストラン兼バー…

夜中のプール・バー

海外に出掛けた時ぐらいしかやらないゲームがある。ビリヤードだ。日本にも無い訳ではないが、わざわざやりに行こうという気にはならない。海外のホテルだと極普通に一室設けられていることが多い。子供がゲームすることは普通禁じられている。キューを誤っ…