norimakihayateの日記

バーチャル旅日記からスタート。現在は私の国内旅行史に特化しています。

ノボテル・ブノアホテル 2

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 ノボテルホテルはヌサドゥア地区の繁華街というと大袈裟だが、街中にあって、道路を跨いで東西二つのサイトに分かれていた。車が結構通る道路なので、ホテルの従業員である警備員が24時間立って道路を横切る宿泊客を案内していた。東側がプライベートビーチに面したサイトでエントランスのロビーやメインダイニング、メインのプールがある方、西側は主に宿泊用の棟が並び、こちらにも専用のプールとダイニングがあった。我々は当初、西側のテニスコートのすぐ傍の二階の部屋二室に案内されたのだが、シャワーの調子が悪く、二日目から同じ西側だが別の二部屋に移らせて貰うことになった。道路の傍ではあるものの、宿泊棟から道路までは屋根の付いた吹き曝しの廊下が暫く続いて椰子の樹に囲まれていて、街の喧騒からは隔絶されていた。

 ホテルのエントランスロビーには何故かサルバトール・ダリ作の巨人のようなオブジェがあった。はっきりと記憶していないのだが、世界に三体しかないうちの一つだと書いてあった気がする。

 

1998年のバリ ノボテル・ブノアホテル

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 この年のバリ旅行のホテルは1990年以来のヌサドゥア地区だった。1990年の時のプトゥリバリホテルはまだ新興観光地で、辺りは全部開発途上の造成地だらけだった。それから8年経ってヌサドゥア地区へ行ってみると、見事に観光地区化していた。この年に泊まったのはノボテル・ブノアというホテル。ノボテルホテルチェーンは全世界に展開するメガホテルだが、ヌサドゥアのノボテル・ブノアというのは、名前から察するにフランスの影響が濃く感じられるエキゾチックで且つ洗練された感じのホテルだった。

 

1998年のバカンス

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 またまた危うくブログ更新を失念するところだった。

 

 1997年のプーケットの続いて1998年のバカンスとして選んだのは、四度目となるインドネシア、バリ島だった。1993年からタイとインドネシア・バリを交互に旅してきた。この年はずっと続いていた円高基調から円が下落していたのだが、インドネシア・ルピアはそれを上回って下落していたので、レートとしては比較的良かった。

 ただ、この年はインドネシアで暴動事件があって、予約を入れた5月の時点では、日本国政府からインドネシアへの渡航取止め要請が出ていたと記憶している。バリ島は観光で成り立っている場所だし、民族も宗教もジャカルタとは異なっていることからいずれ緩和措置は取られるだろうと、それほど心配はしていなかった。そして旅行催行の7月頃には、日本からバリへ向かう便はそれまでのジャカルタ経由からバリ直行で、その後ジャカルタへ向かう経路へと変更されて、余計に便利になってきていた。

 

プーケット空港からバンコク空港を経由して成田へ

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 今日で1997年のプーケット旅行は終りにする。プーケット空港はこじんまりしていて、何となく懐かしい感じのする空港だ。やってきたのは1993年の時とで2回だけなのだが、何度も来た気がする。

 飛行機はバンコクまでは例によってタイ航空だ。バンコクからは米国のユナイテッド航空になるので何かと比べてしまう。バンコクではユナイテッドのカウンタで散々待たされる。往きの便でもユナイテッドからタイ航空への乗り換えで散々待たされた記憶もある。それでも何時かは時間が来て、夜間飛行で成田を目指すことになる。

 

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持帰ってしまったセイフティボックスの鍵

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 七日間滞在したプーケットのラグーナビーチホテルでの最終日は忙しかった。午前中二度目のヨット体験に挑戦し、その後プール。午前中の終りに二つ取ってあった部屋のうちのひとつだけチェックアウト。午後はスカッシュで汗を流してから部屋でシャワーを浴びて約束の3時に最後の部屋のチェックアウトをしてから送迎の案内人の待つホテルロビーへ。慌ててチェックアウトした為にポケットに入れていたセイフティボックスの鍵を返し忘れた。青色のビロードの袋に入ったかなり大型の機械式の鍵だったが、それを持帰った事に気づいたのは日本に帰ってからだった。現在主流の暗証番号の電子式と違って、当時はまだ機械式の鍵だったのでそんな事もあったのだろう。ホテルから問合せでもあれば郵送しようと思っていたが、何の連絡も来なかった。ずっと押入れの奥に鍵を入れたまましまっていたと思っていたが、先日出してみたら、中には既に鍵は無く、使い残しの外国の硬貨が幾つか出てきた。画像にあるものはタイの国王の肖像付きの2色の10バーツ貨だ。

 

最高のプール遊び

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 ラグーナ・ビーチクラブでは、ヨット、カヌー、テニス、スカッシュ、ビリヤード等々、様々なアクティビティを愉しんだのだが、子供達にはやはり王道のプール遊びが一番だったようだ。

 特に娘のほうは足ヒレを着けてシュノーケリング練習用の深いプールを泳ぐのがいたくお気に入りだったようだ。一方まだ泳げない息子のほうは、ライフジャケットを着けてプールに入るのが、とてもお気に入りの様子だった。

 

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ラグーンを巡る水上バス

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 プーケットのラグーナ・ビーチクラブというホテルがあった場所の近くには、いわゆるラグーンと呼ばれる湖のような環礁が幾つもあって、それぞれが運河で繋がれていて、各ラグーン毎に幾つかの大きなリゾートホテルが建てられていた。それらのホテル間を行き来するのに、ほぼ真四角な箱舟が水上バスとして使われて定期的に行き交っていた。運転していたのはジャニーズ事務所のタレントみたいな現地の若者二人だった。水上バスはホテルが運用していて、利用は只だったので、ラグーンの一つの岸にあるカナル・ヴィレッジというショッピングセンタへ買い物に行ったり、別のホテルのプールへ泳ぎにいったりしていた。行き来はこの水上バスの他、ホテル同士が運用しているテュクテュクという乗合馬車のような乗り物で地上経由で行くことも出来た。

 

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