norimakihayateの日記

現在は私の海外史に特化して記しています。私的な意見ははやてのHomePageへ書いています

マス村での買い物

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 マス村では念願だったデヴィスリの木彫り像の他にもう一点購入している。それは木彫りのチェスのセットだった。しかも一つひとつの駒がバリの神々の像を模しているのだ。これは一目見て気に入って買ってしまった。バリのこの手の品物は値段があって無いようなもので、勿論半分以下に値切っては買ったのだが、高かったのか安かったのかは未だに判らない。

 ホテルに帰ってベランダで早速遊んでいると、我々家族の泊っている部屋の二階に宿泊していたアメリカ人夫婦が通りかかって、チェスセットを見て、「まあ。それ、いいわね。何処で買ったの?」と(英語で)訊いてきたので、マス村の地図を書いて教えてあげたのだった。

 

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マス村でのリベンジ

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 三度目のバリではどうしてもリベンジしたい事があった。それは二度目のバリの時に買い損ねた木彫りの女神デヴィ・スリの像を買うことだ。二度目のバリの時に観光バスでいろいろ廻った中に木彫り細工で有名なマス村というのがあった。そこで欲しいなと思ったのがデヴィ・スリという女神の像。値段を観て躊躇して買い損ね、帰りの空港で捜したのだが無くて、代わりにレゴンダンスの踊り子の像を買ったのだった。ずっと今度いったら必ず買いに行こうと考えていて、やっと適ったのだった。デヴィ・スリのデヴィはデヴィ夫人のデヴィと同じで確か女神という意味だった筈だ。スリのほうはスリ・ランカのスリと同じで美しいという意味だったように思う。細身で八頭身の美しいスタイルをしている。デヴィ・スリは豊穣の神ヴィッシーヌの妻だったとも記憶している。

 

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ホテルの蓮と石像

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 バリ・パドマ・ホテルは前日も書いているが、蓮の花がモチーフになっていて、ホテル敷地内の至るところに蓮池があった。そして蓮の花と共に、バリの神々を模った石像も至る所にさりげなく置かれていて、独特の雰囲気を醸し出していた。しかし、石像の中で一番印象深く残っているのは、ホテルの部屋のトイレと兼用になっているバスルームの隅に置かれていたものだ。薄暗い中にこちらを睨んでいるようで、怖いというほどではないにしろ、ちょっと不気味だった。

 

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バリ・パドマ・ホテル

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 1996年のバリ旅行で利用したホテルはバリ・パドマ・ホテルというところだった。一昨年前のビンタン・バリホテルと同じクタビーチにあった。ロケーションも雰囲気も似ているので、1994年のと1996年のバリ旅行は記憶がすぐにごっちゃになってしまう。二つのホテルは近くだったのか遠かったのかも今となってはよく判らないのだが、どちらのホテルもクタの市街からすぐの場所にあったのは間違いない。

 今日の画像はガルーダ・インドネシア航空の機内誌に載っていた広告だ。そのことからすると、割に有名なホテルだったのかもしれない。ロータス(蓮)をモチーフにしていて、ホテル内部にも池があって蓮の花が咲き乱れていた。

 

ガルーダ・インドネシア航空と事故

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 1996年のバリ旅行の際もガルーダインドネシア航空だったのだが、この年のガルーダは大変な年だった。旅行に出た7月末から数えて2箇月も経っていない時期に福岡空港で離陸失敗で炎上するという事故が起きたのだった。このブログでも以前に書いているが、事故の直後、偶々出張で福岡空港を経由する仕事があって、福岡空港の片隅にまだ撤去前の機体を目撃している。

 旅行初日に出発を待っている成田空港内で、エンジントラブルとかで出発が5時間遅れるというアナウンスを受けた。ガルーダ側も福岡での事故でかなりナーバスになっていたのだろう。確か午前中に出発だったのが、夕刻まで遅らされたのだったと思う。一人当たり1500円のお食事券が支給されて、成田のレストランで、お刺身定食みたいな形で美味しい食事を皆で味わった記憶がある。当時はラッキー!!ぐらいの感じだったように思う。

 

1996年 6度目の海外家族旅行

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 恒例となった夏の家族海外旅行、1996年は6回目で、三度目のバリ島旅行となった。使った旅行会社もエイビーロードで見つけた4年連続、5回目の信栄トラベルという旅行会社。成田へのアクセスは3回目となる自家用車での乗り付け。但し、この年から駐車場業者はUSAパーキングからミリオンパーキングという会社に変更している。駐車場業界も競争が激しくなって値引き合戦をやっていて、前年より若干安いところを見つけたようだった。この業者はその後の数年間で数回利用している。航空会社は二度目の利用となるインドネシア国営のガルーダ・インドネシア航空だった。

 

夜間飛行での帰路 ユナイテッド航空

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 1995年のタイ、チャ・アムビーチの旅からの帰国はユナイテッド航空の夜行便となった。夕刻までサイアム・シティ・ホテルのラウンジで過ごした後、送迎バスに乗りバンコク空港にチェックインする。

 私は夜間であっても飛行機では寝れないたちである。巡航高度まで上がった後、夕食が出てその後は灯りを落として殆どの人が眠り始める。私は食事でワインを頂いた後、食後にスコッチを貰う、更に深夜にはCAにブランデーを持ってきて貰う。日本人女性のCAが居て、気さくに深夜のアルコールの要求に応じてくれたのだが、そのCAが夜食に日本製のカップ麺があると教えてくれた。饂飩だったかラーメンだったかはっきりとは憶えていないが、後ろの方のギャレーのところにカップ麺とお湯のはいったポットが用意されていて、箸の代わりにプラスチック製のフォークが添えてあった。勿論、夜食として頂いて、朝方には妻や子供達にも教えたのだった。